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店長はアイス 幸福の克服2-9

「大嶋氏が置いたとしてそれを犯人が持ち去らなかったと仮定すれば、それは犯人が本の事実を知っていたことになります。本の存在は公には公表されていません、事実はここに刑事たちと鑑識、それに現場に駆けつけた数名の捜査員ぐらい。外には漏れていない。すると、犯人は警察関係者以外でそれの本の所在を知っていたと考えに及びます。そう、本を置いたままで現場を去ると犯人は紀藤香澄さんの殺害の関与も認めたことになるのです。先の彼女の現場に本が落ちていました」熊田は指に挟んだ煙草を咥える。一気に吸い込む。煙が漂って、クーラーの流れが見えた。

「犯人が置いていった、その男が殺された、死んだのは紀藤さんと同じ場所。これがあなたが大仰に語った末の結論。だから、なんだっていうんです?」

「あなたが書いたんですよ、日記は」

「言いがかりもここまでエスカレートするんですね。あんたたちの印象、悪いですよ」

 構わずに熊田は話す。「映画の告知に関しての重要で目を引きそうな展開の要所を集めた放映前のお客集めは、これぐらいにしておきましょうか」熊田は煙草を押し付けた灰皿をテーブルの触ると落ちそうな端に乗せた。「ネット上の紀藤香澄氏が書いた日記は彼女によるものではありません」

「それぞれの店で彼女の写真を見せ顔を確認しました」種田が進言。

「本を忘れた人物が紀藤氏であるかは不確定だ。彼女は本を読んでいたとの証言も、その本が忘れた本とはいえない。つまり、紀藤氏を演じた何者かが日記の通りに各所を回ったのだ」

「それもあんたの想像だろう。誰が書いたのかは簡単にはわからない」

「彼女はPCを所持していませんでした。こちらのロッカーにもありません。仕事でPCは使っていたのかもしれませんが、個人所有のマシンは持たなかったのでしょうね。手元になくても、携帯端末などで日記は書けてしまう。誰が書いたのかの特定は難しい、しかし、そうすると他人が書いたとも思えてくる。さあ、理由はおわかりになります?」熊田は股代にわざとらしく、舞台のマジシャンのように大げさな口調で聞いた。

「知らないっていってるだろう!」

「本のタイトルが決めてです。彼女はその本を各所で置き忘れた、うっかりにみせかけてわざと。なぜそうしたのかは、おそらくはあなたが知っているはずですが、言いたくはない様子なので私が代弁します。ああ、林道さん。どうぞ、お入りになってください」

店長はアイス 幸福の克服2-8

「熊田さんがファンキーすぎる」鈴木が言う。

「さて、ここでもひとつ課題が持ち上がりました。そう、大嶋八郎は殺害を手伝った、あるいは殺した人物です。動機の面から紀藤香澄を殺す大嶋八郎は妥当です。しかしその次はどうも繋がりません。彼の近辺で彼を殺しそうな人物はいないこともないですが、これは紀藤香澄と大嶋八郎の二人を知っていなくてなりません。彼の会社のデスクに仕舞ってあったこちらで購入された商品が二人のつながり。商品の存在を会社の同僚が知っていたとしても、大嶋八郎が紀藤香澄を殺す意思を感じ取れていたでしょうか。彼女に行為を抱いていたとは、察知できるが、それ以上の常軌を逸した感覚までは、どうかと思うのです。つまり、紀藤香澄に好意的な大嶋八郎の存在が最上段でそれから派生して大嶋八郎が彼女を殺したらと犯人は考えついた。紀藤香澄が殺されることが大前提。二人が死ぬことで本来の殺害動機や可能性

が分散され、疑いが薄まる。本命は大嶋ではなくて大嶋に殺される紀藤香澄です」

「私がやったと、言いたいのでしょうね」

「あなたではありませんよ。手を下したのは、二人です」

「ばかばかしい」

「その通り、林道さんはもうこの世にはいない」

「急展開だ」鈴木が漏らす。

「何を言って、死んでるって?店で働いてる、あんたも見ただろう。何なら今から確かめるか?刑事さん」

「大嶋八郎氏のベンチには同じく逆さまに印字された本が落ちていた。これは大嶋氏が置いたものかそれとも犯人があえて置いたものか、どう思われます?」

「耳がおかしくなったのか?」股代は明らかな憤り、怒り、それに焦りを見せている。熊田は容赦なく、躊躇なく続ける。

店長はアイス 幸福の克服2-7

「その通りだ。頭蓋骨は放射状に割れていたのではない。局所的な穴が開き、その周辺に僅かにひびが広がっていた。人体は固定された状態で凶器が衝突、これが鑑識の見解です。ただしかし、どうにも腑に落ちません。よく考えても見てください。同じ場所で同じ手法で人が死んだ。それはつまり、同一人物による連続殺人を連想します。しかし、我々はそのような体制では動きませんでした。何もおかしくはありません、紀藤香澄は大嶋八郎に殺害されたと考えたのです。そして大嶋八郎は命を絶った。しかし、そこには誰かの介入が必要となる。現場はテープが張られ、常駐の警官はいませんでしたが、警官は数時間おきに見回っていました。ここで疑問です、自殺とその証拠品の回収を大嶋八郎が一人で行えたでしょうか。警察の関係者が犯人という線も考えなくもありませんが、彼らのアリバイは不法侵入の取締りで証明されました。さあ、大嶋八郎は一体誰の手を借りたのでしょう。犯人にとって誤算だったのは、証拠品を紀藤香澄のときのように真似を重視したあまり回収してしまったことです。自殺ならばそこで道具なりを置いていけば我々はすんなり自殺と判断をしたでしょう。殺されたと見せかけた偽装が、裏目に出てしまったのです」熊田は言葉を切り煙草を咥えた。股代に禁煙かどうかジェスチャーで聞く。股代はため息、立ち上がって、ステンレスの灰皿をテーブルに投げ出す。

「本来は禁煙です。その灰皿もあなたに差し上げます。灰と一緒に持ち帰ってもらえると助かります」力なく股代は言う。

「どうも。責任を持って持ち返ります。この一本を吸わないことにはどうにも調子が出なくてね」

店長はアイス 幸福の克服2-6

「そういう考えもあるでしょう。ただ、ここでは当てはまりません。何故か。大嶋八郎氏は一途に彼女を慕ってたからですよ、ベクトルの向かない行為対象にそれも死を持って後を追うでしょうか。死んだのですから、自殺なら説明がつきますけど、他殺の可能性も残して死んだ。どうしてか。手の込んだ仕掛けです。一人で死ぬ方法は決断次第です。一般的には手首を切るのでしょうが、あれは上手に血管を切らないと出血多量で死ねない。まして、傷口は空気に触れ血液が固まります。死に方としては確実性にかける。ただ、もしかすると、現場を汚したくはなかった、彼女の神聖な場所で死ねるのですから、綺麗な状態が好ましいと思った。そして、彼女と同じ方法を取った。それが最善で最高で最適で最上だと思ったから、そう想像します。ここで、彼の死に方について一応の仮設を立ててみましたが、憶測の域を出ないことは重々承知ですし、明らかになる事実というのは得てして少量と決まっています。とうとうと犯人が死ぬ間際に崖っぷちで殺害の動機とその方法を語ってはくれませんからね」熊田はたっぷり息を吸った。「ですが、犯人あるいは死に至らしめた共犯者は存在すると考えます。一人では、証拠が少なすぎる。大嶋八郎さんが亡くなったときには現場は封鎖されていた。簡単に入れたとはいいがたいですが、現場に頭部を殴打した凶器が見つかっていません。もしも誰かが怖いもの見たさで現場に侵入したとしても、疑いがかかるような凶器を持ち出したりするでしょうか?人が死んでいるのです、逃げ出すのが通常の反応です。では、凶器は現場に凶器はなかったのか。ひとつは、犯人が持ち去った。二つ、もともと凶器は存在しなかった」

「凶器がないなら、どうやって殺したのでしょう?。高い場所から落としてもあのような頭蓋骨の割れ方はしない」種田が合いの手のように指摘する。