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ゆるゆる、ホロホロ2-5

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「いつから、どうして?」
「昨日になって警察署に捜索願が提出されました。事件当日に学校が終わり、これから家に帰ると定時の連絡を入れて以来、消息を絶っています。こちらに来たのは娘さんの捜索もかねてなのです、こちらに来ている可能性も考えられます。その様子ですと、ご存じなかったようですね」
「私のことは死んだと伝えているようですよ。生きていることはおそらく、彼女は知らないはずですから、ここへ来ることはまずありえない。……そう、帰っていないんですか」
「ショックを受けているときで、申し訳ありませんが、まだ質問があります」熊田に代わり、機械的な対応の種田が言う。「あなたが目撃した人物はあなたの娘である確率も高まりました」
「おそろいの格好でハロウィンの予行練習をしていたとでも?」娘があんな格好をするはずがないのだ、現に私よりも相手方の両親の思想を受けている。基本はスカートやワンピースなどの清楚な格好がメインのはず。
「亡くなった少女はモデルの仕事で事件当日、一時間目の授業を受けて学校を早退し、このあたりのスタジオで雑誌の撮影後に殺害された。もしも、あなたの娘と少女が学校で入れ替わっていたら、あなたが目撃したのは娘さんとも考えられます」
「検死の結果は娘に似た同級生が殺されたのでは?」
「もちろんです。ただ、検死に取り掛かるまでには多くの人間の関与が確認されています。どの段階でも密室や保管場所へ出入りが認められる人物が多数浮上。死体を、あくまでも可能性ですが、あなたの娘さんとすりかえるのは不可能ではありません」
「あなたの考えでは、そうすると娘はもうこの世にはいない、ということでしょうか」
「いいえ、現場に駆けつけた男性や救急隊員が買収されていたとすれば、倒れた芝居で済むでしょう」
「わからないわ、なんのためにそこまでして欺かなければならないの?」
「それを調べています」
「待って。二人が入れ替わったとして、娘が死んでいなかったとします。学校で授業を受けていたのは亡くなった少女よね、少女の代わりに娘が撮影をこなして、私の前に現れる。そして、死んだふり。しかし、検死の結果は娘ではなく、死んだのは瓜二つのクラスメイトってことよね?」
「ご理解していただけたようで」
「じゃあなに、殺された子は誰かに運ばれたか入れ替わった場所で殺されたってことよね」熊田は軽くうなずく。種田は能面のように平坦な表情。「意識があったら娘はクラスメイトの死を把握している」

ゆるゆる、ホロホロ2-4

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「その母親、亡くなった少女の母親ですが、あなたが娘を変な目で見ていた、そのように言っています」
「それがなにか?」
「あなたは自覚がおありでしたか?」
「髪はただ決まった形に切るのではなく、人の輪郭に合わせた微調整が必要です。似合う髪形も人によりけり、観察するのは私にとっては普通の行動です。店の外でじろじろ見つめたら、おかしな人ですけれど、外で顔を会わせたことはたぶんないんじゃないかしら」
 入り口に立ったままの刑事を見かねて、仕儀はソファへ誘導する。礼儀とはまた異なる最低限の情報を掬い上げる刑事の態度に映った、仕儀である。喫茶店でもお客でもないので今日はコーヒーの提供は控えた。コーヒーメーカーはまだセットしていなかった。
「お子さんは亡くなった少女と同級生でした、クラスも一緒です」私立の学校に通っているのか。相手の両親は、外見にこだわる性質だ。私がかろうじて認知の許可を取り付けたのは、中心街で店を構えていた実績が高い評価を得たらしい。
「私は娘のつながりで、その子に会ったことが過去にあるのではないかといいたいのでしょうね。しかし、店の外では先ほどもいいましたけど、会っていないのです」
「あなたのお子さんの写真を見てください」熊田は内ポケットを探り、一枚の写真をテーブルに出す。スナップ写真だ、姉妹のようにそっくりな二人が公園のベンチでアイスクリームを食べている様子が映っている。楽しそうに片方が、横を向いていた。もう一人は、カメラを意識して首をかしげてポーズをとっている。そっくりな二人、双子にも見えなくはない。
「あのう、今、私の子供っておっしゃいましたか、刑事さん」
「ええ、間違いなくいいました」
「お恥ずかしい話ですけど、どちらが私の子かはわからないの」
「左手の横顔を向けているほうが、あなたのお子さんです。もう一人が亡くなった少女です」
「えっ?ちょっと待ってください、あのう、私、もしかすると、変なことを考えているのはおかしいのでしょうけど……」情報をまとめるとさらに混乱をきたす。考えてはいけない、収束に向かってはいけないと、どこかで叫んでいる。認めたくはない結果かもしれないと思うと余計に予測が肥大する。
「亡くなったのはあなたの子供ではありません、鑑識の検査結果では、あなたのお子さんとは一致しませんでした。ただ、あなたのお子さんは行方不明なのです」こちらの思考を読み取る熊田は、さらりと真実を言ってのける。

ゆるゆる、ホロホロ2-3

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 亡くなった子は本当に現実に存在してあなたに会いに来たの?あなたが作り出した幻なんじゃないの?
 ……あいまいで宙ぶらりんでも私は生きてゆける。明確な答えはこの際突き詰めたりはしない。
 それは前のあなた。
 ちがう、取り合わないと決めた。
 殺人事件かもしれない。
 殺したのは私かもしれない、そういいたいの?
 あなたの態度ではね。
 だから警察が尋ねてきたんだ。
 今頃気がついたんだ、能天気。
 私は店を離れていない。
 それを言っているのはあなただけ。他の人は黙っているのかもしれないわ。
 何のために?
 保身のためよ、被害を受けないため。
 傘に降り注ぐ雨音、雨量が増したために振動が右手から伝わる。私は塗れた路面を確かめるように足を進めた。
 店の前には開店を待つお客には到底見間違えない刑事が待ち構えていた。ビニール傘に仲良く二人納まっている。
「あら、刑事さん。どうされました、こんな朝早くから」時間は午前九時を少し回ったところ。
「気になる点をあなたに伺いたくて、朝早くから押しかけました」熊田という刑事がジェントルな声で訪問の理由を述べた。刑事が朝からそれも雨の中、待っていた事実から推測すると、あまり私にとっては好意的な訪問には受け取れない。仕儀は傘を折りたたんで二人を中に入れた。出勤時の雑務をこなしながら話をして欲しいと店に入った時、刑事に伝え、照明などの電源を入れる。ドライヤーなどの故障は朝一に起こることが多い。また、こういった電化製品は購入時期や製造時期が同じであると、一台の故障に連動して壊れる現象が過去に何度も見られたので、ストックは現時点の使用同数を引き出しに確保していた。ドライヤーの音が聞こえなくなると刑事が質問した。
「お借りした名簿から少女の名前が見つかりました。ご存じなかったようですね、先月の来店です」
 仕儀は聞こえていたが、わざと聞き返す。「先月ですか?」
「ええ、母親と一緒に来店してます、確認も取りました」熊田は苗字を告げる。ああ、とわざとらしく仕儀は声を漏らす。気がついていたが、あえて警察に話さなかった。聞かれたならば、打ち明けることは厭わないようにと決めていた。

ゆるゆる、ホロホロ2-2

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「お花、きれいね」彼女の背中に声をかけた。中腰、前かがみ。彼女は知り合いかどうかを判別するのに、しばらく間を空けた。
「知らない人とはお話してはいけません」滑らかに小さい口が動く。
「お花は誰にあげたの?」
「死んじゃった子」
「ふーん、知っている子?友達だったの?」私はしゃがむ。まっすぐ切り揃えられた前髪の下で彼女の瞳が左右にずれる。戸惑っている。
「クラスメイト。あんまり遊んだことはないの、お互いに忙しいから」
「悲しい?」
「ここにもいないの、どこにも。でも、たまに夢には出てくるからさびしくはないの」
「そう」
「おばさんも、知り合い?」
「ええ、知っているわ」
「悲しい?」
「どうかな。正直、悲しくはないのよ。おかしいんだ、私」
「泣いている子のほうが、おかしいよ。だって、泣き止んだら友達と笑っているんだもん。悲しくはなかったの、悲しかったから泣いてすっきりしたの。あの子のためじゃない。自分のため」
「あなたは、泣かないのね」
「わりと、クールに見えて人のことは考えているつもりです」少女は折りたたんだひざを伸ばした。「さようなら」少女は来た道を引き返していく。小さい傘で体は見えない。見送る傘が突き当たりで、振り返る。「泣いてもいいのよ、正直でありなさい!」大人びたセリフを言い残し、彼女は立ち去る。人の通りはぱったりとそのとき、途切れていた。雨だったからということも考えられたが、単なる偶然とも思えなかった私。
 花を手向けた彼女も亡くなった少女も私を思い出すように忠告して姿を消した。一人はこの世から抹消してしまった。もしかすると彼女とも、もう会えないのかもしれない。子供に会ってはいなかった。会いたいのかさえ、あいまい。会えない、会わない、会いたくない、嫌い、離別、錯乱、狂気、暴走、思考停止、悪循環、見失い、辟易、遮断、亡き者、無風、凪、沈降、停滞、浮上、別角度、落ち着き、受け入れ、上塗り、上書き、新しい仮面で登場。
 見たいものだけは世界と私との関係性。彼女を見送る私を誰かが見ているのだって人によって、解釈は千差万別なの、だったら取り合うのは無意味ってことでしょう。私が見たいものだってどうせぴったりばっちり違うのだ。正しさも平然と移り変わるのをためらわない。私は変わったのか、変わってしまったのか。けれど、見下す必要はまったくない。見られている今だってそう、立ち尽くしている私を私は見られないのだから、やっぱり人の見方なんてナンセンス。じゃあ、正当は何?これからのプランは?
 思いに応えることを常とする。