コンテナガレージ

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ゆるゆる、ホロホロ8-3

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「店長は、そうか車を持っているんでしたもんね。地下鉄では帰らないのかあ」

「僕はいつも地下鉄だよ」

「じゃあ、打ち合わせも終電までには切り上げるってことですよね」

「うーんどうかな。できればそうしたいけど、魚に合うパンがなければ、一から作ってもらうかもしれない。そうなると数時間では、難しいと思うよ。生地を練り上げるのと発酵とか焼き上げる時間があるからね」

「聞いただけでお腹が鳴いてます。店長、文句も言いませんから、一緒に行ってもいいですよね?」

「なんのために?」

「そりゃあ……」

「つまみ食い。あわよくば新製品の味見」

「滅相もない、なんだリルカさんだって食べたんじゃないですか」

「食べたくない!お前また太るぞ」

「ああっつ、それはもう言っちゃいけないのに。嫌いです」

「自業自得だろう。まかないのほかにジュニアの菓子パンを休憩時間に三つも食べてるんだからな」

「もう触んないでくださいよ。細いリルカさんにわからないんですよ、一生」

「わかってたまるか。私は細いんじゃない、食べていないだけだ」

「太りやすい体質ですか?」

「食べなければ太らない。運動なんてしている暇がないし」

「へぇー新しい意見っ。みんな、運動と食事制限を心がけてますけどね」

 本通にぶつかる右手には地下への階段、左手は通り向こうに渡る信号。従業員三名がまあるい瞳で店主を見つめる、見上げ、投げかける。

「全員が入れるとは思わないでくれたら、連れてってもいい。向こうの意見が最優先だから。それと終電で必ず帰ること。休息は必要だから。僕は例外で」

「ジュニアの店長、深夜に変な気を起こさなきゃいいですけどね」

「お前は男みたいだって?」

「もう、知りませんよ。一生口を聞きませんからね、リルカさんとは」

「道で大きな声で出さないで。やっぱり帰ってもらおうかな二人には」

「ダメです、行きます黙ります」

「私も静かにしています」

 アーケード、シャッターの下りた商店街で半開きのブラインドを三度ノック、ドアを引いたら大き目の鈴がカランと鳴った。              おわり。

ゆるゆる、ホロホロ8-2

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「今日もお疲れ様ですね。急がしや」小川は大げさにため息をつく。

「店長、今日はテイクアウトのお客さんが少なかったですね」館山は既に着替えてる。店は営業時間を過ぎ、片付けもあらかた目途がついていた。明日のメニューにあわせた食材の発注が今日の最後の仕事である。不意に、テイクアウトは座って弁当のように食べる情景ばかりを想像していたが、案外そうではないのかも。店主は、動きを止めて館山の問いかけを無視した。「店長?あれっ、店長?」

「ダメですよ、聞こえてませんから」通路、ロッカーへ歩く小川が車を止めるように大きく左右に手を振る。

「……表通りのパン屋を知ってる、館山さん」店主はきらきらと光らせた瞳で館山を近距離で見つめる。

「ああのう、はい、そこなら、ええ有名なお店ですけど……」

「ジュニアですよ」国見は襟を整えて奥から答えた。もうコートを着るような季節。

バケットのような固めで短いサイズのパンが明日欲しいと思って、今から交渉して作ってもらえるだろうか?」

「そこの店で知り合いが働いてますから、聞いてみますか?」

「お願い」国見蘭は端末を耳に当てる。

「あっ、もしもし、うん、そう。あの突然で悪いんだけど、明日ね……」

「蘭さん、電話だと声が高くなる」ラフな格好に着替えた小川が呟く。

「ええ、そう、お願いできる?ありがとう。うん、番号知ってる?それじゃあ」国見は店主に伝える。「おそらく大丈夫だって。店に連絡を入れてもらったので、折り返し今度はここに直接、電話をかけるそうです。あっ、掛かってきた。はい、もしもし。こんばんわ、申し訳ありません夜分遅くに。いいえ、ええ、よろしいですか?はい、ではそちらに。はい、失礼します」

「なんだって?」

「店に直接来てくれって。仕込みで店で寝泊りしてるから、いつでも来てくれて構わないそうです」

「そう、じゃあいってみるか」

「おもしろそうですね」小川が飛び跳ねる。

「あんたは帰るんだよ」館山は言いながら通路に消える。

「でも、店長一人じゃあ、心もとないでしょう」

「どんな場所だって想像してんのさ」こもった館山の声だけが届く、姿はない。

「パン屋に行くんでしょう?あそこはこう屈強な髭の生えた、胸板の厚い男ですよ」

「だからどうだって言うの、仕事の打ち合わせだ」

「か弱い女性一人で行かせるなら、もう一人か弱い女性をつけたらどうでしょうか?」

「僕は別にか弱くはないよ。さあ、出た出た。先方を待たせたくはないんだ」一行は館山を待ってドアをくぐった。

「できたてのパンってさぞかしおいしいんだろうか。いいなあ、食べたいな。試食とかできるんだろうな。いいなあ。香ばしいな」

「釜にぶち込んで私が焼いてやろうか?」

「今日は余裕で間に合いそうか」

ゆるゆる、ホロホロ7-4 ゆるゆる、ホロホロ8-1

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「あなたの指摘で事件は防げたかもしれないとは考えなかったのですか?」

「財布を拾って交番に届けたのにこちらの情報を無償で相手に晒すのを私は好まない」

「課せられた義務でも?」

「すべてあなたがおっしゃるのは結果論です。犯人が捕まらなければ私を訪ねてこないはずですから、すみません忙しいので」

「最後に」熊田は声を高めた。「もしあなたに子供がいたら、同様の心理を抱くでしょうか?」

「僕と子供はひとつではない。姿形や志向性が似ていても子供は子供。尊重するべき存在で、生死もまた独立している。仮に人の手によって故意に死がおとずれても、それはたんにもう生きてはいないという結果です。悲観も遺恨も後悔も感じない。それらにはぶつける対象が必要ですが、決して犯人に向けても解決に到底いたらない。一過性の気の迷い、感情の高まり。人はいつも独りですよ」

 

 8

 刑事の言葉、湯気の立つ厨房で店主の手際を止める手立てとは至らず、着々と日々のその人の今日の今の次のオーダーをこなす。いつも、先を考えているわけではないけれど、思いつく先が浮かぶのは確かだ。それでも、ところでなんて接続詞を使わなくても、ぽんとひらめく。つぶさに今おかれた状況を言葉を変えると言葉が不意に向こうから勝手に顔を見せてくれるんだから、どうして皆はアイディアの捻出に頭を悩ますのか正直わからなかった。思いつたときにネタを書き留めているということもにわかには信じがたい。忘れてしまえるなら、覚える重要性が低いとは思わないんだろうか。わからないことだらけ。ピザの味が変わったとお客が言っていたそうだ。複雑な工程はなるべく省いてる料理のどこに文句があったのだろうかと食べ残しのピザを食べたが、いたって普通だ。体調の変化で味覚は変わることをそのお客は知らなかったらしいと厨房では解決した。こちらの舌が間違っているとは思わない。いつも食べている。食事も極力控えていた。絶食までの壮絶な断絶ではないけれど、食事はほぼ一日一食。舌は鋭敏なぐらい敏感さを保ち続けている。添加物と砂糖にまみれた食品を溜め込んで、お腹を膨らませてはまだ粛々と体内では消化活動に四苦八苦なのに、食道に際限なく定刻に食物の流入。おいしさの前にまずは富栄養化した体内と見つめ合うべき、そこから味をどうのこうのと言うべきではないのか。決して口が裂けてもお客の前で言わない。神様ではないけれども、取り立てて波風を立てることはしない。

 事件はどうやら解決したらしい。刑事が一人、訪問。これが何よりの証明だ。

ゆるゆる、ホロホロ7-3

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 タバコを吸いにいくと部屋を出た部長は、そのまま姿を消してしまう。

「私たちの勘違いが招いた事件の複雑さなのでしょうか」種田がきいた。

「さあ。しかし、原稿を読み込んでいたからこそ次の犯行が予測でき、止められた。上出来だと思うがな」

「一件目と二件目で事件の類似点を読者ならば見出していてもおかしくはありません。原稿に頼らなくても事件と小説との関連性には辿りつきました」

「必ず?」

「ええ。世間には奇特な人がいます」種田は顎を引いた。首を回して壁の時計も見る。「目撃者の一人が小説の作者である重要な事実は管轄の警察は調べがついていたのになぜ黙っていたのでしょうか。彼から辿れば事件は二件目の前に終焉していたかもしれませんよ」

「部長がいっていたように、メディアに顔を出さない作家だから顔と本名で物書きと職業をこちらに伝えても誰も引っかからなかったんだろう。現にこっちも気がつかなかった。まあ、私はペンネームを聞いてもわからない」熊田はタバコを咥えた、種田に火はつけないとアピールする。「目撃者に疑いをかけるだけの要素はカフェの聞き込み調査の時点ではほぼないと言うべき」

「それはわたしもです。しかし、三神は不審な相手と関わりをもっています。確実に」

「疑いは罰せず。規制が厳しいと自由度が減り、より犯罪が多発する。手綱は緩めておくべきなんだ、いざというときに引いて言うことを聞かせるために」

「私は灰色でも罰します」

「自分が灰色に染まっても?」

「その覚悟がなければ、私は崩壊します」

 終業の音色。常勤の職員が続々廊下を歩く音。

「帰らないのか?」

「熊田さんは?」

「かえる」

「では、私も帰ります」

「タバコを吸ってから帰る」

「そうですか、それではお先に」

 熊田は一人うつむき気味に老朽化した署内に似合わない真新しい喫煙所に場所を変え煙を吐き出す、タバコを一本消費。空腹にかこつけて熊田は署を出て、車を走らせた。駐車場で料金を支払い、目的地まで足を進める。時間はちょうど夕食時、ドアを開け、笑顔が出迎え席に着く。皿に盛られたライスと格闘しながらも食事は文句のつけようがなかった。背後はレジとドア、腰を少し浮かせるとピザを焼く石釜が見える。店主は私に特別扱いも、手を休めて恭しくご機嫌を伺うこともない。

 居心地が良いまま、夕食を終えた。

 帰り際、立ち上がるとタイミングを合わせたように店主が厨房を出る。顔が合った。

「ごちそうさまでした」

「どうも」

「あの」背中を見せる店主に熊田は言う。「あなたは事件をどのあたりから理解していましたか?」ホールではお客のざわめき。

 短い髪の店主は振り返る。「誰がどのような理由で行動を起こした、あるいは物質や人が損害、損傷をおった、それらの解明があなたの言う理解なら私はいまだに理解及ばないでしょう」