コンテナガレージ

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重いと外に引っ張られる 1-7

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 それから、20分後に熊田のシビックが鈴木の車の後ろに停車。熊田たちが到着するまでに車は一台もこの道を通過していない。
「お疲れ様です」駆け寄る鈴木。熊田は日差しを暑そうに遮るように額に手のひらを当てて、苦い顔をした。
「現状は?」
「おそらくは人だと思いますが、倒れています。呼吸、脈ともにありません」
「おそらく?」ポケットから出した白い手袋をはめながらトンネルを目指す。現場は黄色いテープが目印となっている。種田も二人の後ろから足音を立てずに追従する。暑さにも寒さにも一言の文句も言わない後輩を鈴木は本当に人だろうかと思ったことがある。しかし、今ではそれも当たり前となり特に種田に対しての批判的な意見は思い浮かばなくなった。誰にでも人とは異なる一面が存在し、目立とうとする。極端な例を種田があからさまに開き直ったように魅せつけてこちらの反応を伺っている、とさえ最近では思うのだ。だから、もう何も思わない。回りまわって、自分にも周囲に対してなにか似たような異質な一面があるはずなのだとの解釈に至れば、これまでそれについて誰も何も言わなかったのは周囲が気を使い、黙っていてくれたからである。私ももう飲み込もう。
 熊田が緊張した警官に敬礼してテープをくぐる。晴れであるから、トンネルの出入口から光でかろうじて視界は保たれている。夕方、日が傾き始めると途端に暗黒の世界に引き込まれるだろう。死体、おそらくは死体と認識した物体は死後からそれほど時間を経てはいない様子で、まだこの暑さでも腐食は免れているようだ。トンネル内で直射日光や一定の温度が要因かもしれない。鈴木はじっと死体を見つめる熊田の発言を待った。彼は、顎に手をやり、しゃがんで顔の状態を確認する。手袋をはめているが鑑識の捜査のために黒い物体には触れずに調べていく。
 よく見ると、死体の髪は長い。女性だろうか。

重いと外に引っ張られる 1-6

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「……じゃあ、あなたから理由を説明してよ。私からだけでは納得しないの」彼女は四栄出版社に務める会社員で取材先から帰社する途中に立ち寄った道で死体を発見したというのだ。国道から外れたこの道を通過するのは、道沿いの住人だけだろうとはじめてこの道を通ってきた鈴木でさえも知覚できた。彼女は休憩のためとはいえ、どうしてこの道を選んだのだろうか。それにである。会社の方角を考えると彼女はO市からS市への走行であると考えられこの道に入るには一旦対向車線を越えて且つUターンほどハンドルを切らないとトンネルへと続くこの道には侵入不可なのだ。運転中、この道に差し掛かる前には寄り道をすると決めていなくてはならない。なのに、彼女は休憩のためと言っていた。すぐ先にはコンビニなどの施設があるのだ。それを知らない場合も考えつくが、休憩場所としては不釣り合いである。人のいない場所を選んだ可能性もみえるのであるが、鈴木は携帯を手に事情を話す彼女の背を眺めて考えていた。
「ですから今、代わります」彼女は携帯を差し出す。鈴木に出ろといっている。「上司です。事情は説明はしましたがまだ嘘だと思ってるようですからきっちりと説明してください」彼女の上司を聞き分けのないクレーム客を想像してしまう鈴木である。
「もしもし、お電話かわりました。はい、警察です。鈴木といいます。ええ、そうです。O署です。はい。遺体を発見したと通報が彼女からなされて、ええ、そうです。いいえ、違います。それはまだなんとも言えませんが、はい。なにぶん私も駆けつけたばかりなのです。はい、本当です。正確な時間は申し上げられません、約束になっていますので、不確定な事項に関しては言った言わないの口約束でも効力を生みますから。はい、はい。ええ、はい。では、代わります」腕を組んだ彼女に携帯を返す。
「もしもし、そうです、だから本当だといっているじゃないですか。それは朝に提出しました。はい、明日には帰れると思います、そうじゃなったら困ります。……警察に聞いていからそちらに送ります。はい」舌打ちをする人を久しぶりに見た気がした。鈴木は通話を終えた彼女にきく。
「わかっていただけたようですか?」
「ええ、納得はしてないみたいですけど、全く揚げ足取りだけはうまいんだから」切った携帯に息を吹きこむように彼女は言った。
「そうだ忘れてた。ちょっと失礼します」鈴木は彼女から離れて熊田たちへ連絡を入れた。

 佐田あさ美はトンネルを見つめている。鬱蒼と茂った木々や草に、空いた真っ黒な穴。緑と灰色と黒と空の青。どれもが原色に近い鮮やかな色味である。時が止まったような時間の流れ。視界に入るものは何一つ動かないでいる。疲れていたのは焦っていたのは、呼吸の仕方を忘れていたためかもしれない。音がなくなって、自分の息が感じられた。
 あくせく働いていた時間との戦いでは到底感じられない瞬間だと佐田は思う。
 警官が黄色いテープを引きトンネル入口を封鎖したのでまた一色、色が追加された。

重いと外に引っ張られる 1-5

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「とりあえず、我々だけでは手に負えないので応援を呼んで下さい。それと人が入れないように現場保存もお願いします」動転した警官を落ち着けるためにゆっくりと選んだ言葉で話した。警官はやっと自分の責務を思い出し、熱のこもった返事。
「わかりました」その警官を残して、鈴木は通報者の女性に話を聞くことして、トンネルを出る。外の方が風を感じる分、心地が良い。
「あなたがあの死体を発見されたようですね」女性はその声で鈴木を見やる。
「死体?あれってやっぱりそうなの?なんだか厄介なことに巻き込まれたわ」高いヒールは都会でこそ違和感を覚えないが周囲に生い茂った雑草が生えているここでは不釣り合いなのは彼女の方に見えてくる。
「ここを通られた時に見つけて警察に通報したんですよね?」クマルに指をさして鈴木がきく。
「ええ、そうよ。さっきあのひとにもおんなじことを言った。ねえいつ帰れるの?これから用事があるのだけど」
「あそこに転がっているのが死体だとするとすぐにお帰りいただくは無理ですね」
「どうしてよ?」鈴木に一歩詰め寄る。
「あなたが死体を置いた可能性もありますから」鈴木は努めて冷静な発言で相手の温度にも動じない。
「はぁ?何言っての?私が通報したのよ?それでなんでわざわざ私が置いたりするのよ」両手を大きく広げてオーバーアクション。
「あくまでも可能性の問題ですから、あなたが犯人であろうとあの死体に関わっていなくても今の段階で帰すわけにはいかないのです。予定はキャンセルしていただくしかありません」

重いと外に引っ張られる 1-4

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 Z町からO市市街地に向かい車で数分、小学校を左手に道なりの右カーブから左手に進む脇道が伸びている。道の脇には生い茂った草木と所々に佇む一軒家。しばらく進むと更に二手に分かれる道。右手に曲がるとおそらくは引き返す方角に進路を取る。その右手を更に進む。道は相変わらず車一台でも通るのがやっとの道幅。すると、前方にトンネルが見えてくる。背の低い細長いトンネルでわずか50メートルほどの距離であろう。鈴木は、そのトンネルの手前に車を降り、慌てて車外へ出る。
「O署の鈴木です」パトカーが一台、先に到着していたようだ。その他に一台の車がトンネルの入口で精一杯脇に寄せて停車していた。運転手と思われる女性が腕を組んでイライラと行ったり来たりを繰り返す。
「こちらです」警官は一名だけ、女性から意識をはずし警官に続いてトンネルへ。暗いトンネルの内部にはドーム状の天井に常夜灯がパネルのように張り付き昼間でも活躍の場を与えるように黄色く色づいて点灯していた。ジメジメとした内部、雨でもないのに天井から水が滴っている箇所が幾つか見られる。警官を先頭にトンネルの中間辺りまで来ると先を照らしていた懐中電灯は床の物体に光の焦点を集めていた。
「なんだ、これ?」黒く汚れた人型の塊。手や足の形状はその原型を残して、身にまとった衣服だろうか布は真っ黒な色で覆われていた。仰向けである。髪や額、顔のパーツからそれが表だとはわかる。しかし、凹凸がみられるだけで表情までは伺えない。警官もじっとその死体らしきモノを直視はできないようで、口元を手で抑えていた。「死体ですよね?」警官は私に聞かれてもという顔を作り自分の仕事の域を超えていると判断して地面に転がる物体の判断を放棄していた。首をひねり、搾り出してこう答える。
「どうでしょうか?おそらくは、人ではないですかね。大きさもちょうど人型ですし」鈴木は屈みこんで死体の鼻と口元に触れないように手をかざした。息はしていないようだ。首元らしき場所に指をあてる。脈はない。
「通報したのは?」顔を上げて警官に聞く。
「あそこにいる女性ですよ。ここを通り抜けようとした時にうっかり轢きそうになって気づいたらしいです。車を降りて確認したら人のようだったので、110番をしたと」警官が話している時に鈴木はトンネル外の女性を見ていた。急ぎの予定があるのだろ、ひどくイライラして落ち着かない様子はここからでも判別できるくらいだ。