コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

ROTATING SKY 7-2

「結局ですよ」鈴木の声が高くなる、興奮時の鈴木の兆候である。「触井園のクレジットカードは彼女が持っていたのでしょうか」カードは触井園京子の所持品から発見されたが、相田が訪れるまでにカードを財布に忍ばすことができたなら被害者以外のカード使用も可能となる。

「そもそも死体が触井園なのかさえも、証明は難しい。出版社にだって触井園になりすました人間が出入りすれば、その人物が触井園になってしまう。幼少の頃の写真だってあてにはならない、顔は変わる」

「中学とか高校の卒業写真だったら、顔の変化も少ないですよ?」

「高校は通信制、中学は転校を繰り返していたためにアルバムの写真は空白だよ」

「調べたんですか?」

「俺じゃない、情報をすこし流してもらっただけだよ。後輩に喫煙室でコーヒーを奢ると教えてくれたのさ、こちらから聞いたのではないから捜査とはみなされない」

「大学は……アルバムになんて写真を載せないか」鈴木はスナック菓子の袋を器用にたたむ。相田には家で洗濯物を正座してたたむ姿が浮かんでみえた。

「どこかで入れ替わったんですかね?この前の事件もこんな展開だったような」鈴木が言う、前回の事件とは、ショッピングモールのベンチで営業時間中に若い女性の死体が見つかり、警備員の男が逮捕された。事件は一応の解決を見たが、不可解な点も多く、死亡した女性の死因もその身元もはっきりと断定されなかった。

「だが、誰と入れ替わったかは俺達の知る所ではない」人が死んだ、ただそれだけのこと。

「世の中には、身元がほしい人も死にたい人も隠したい人もいますからね」

「何を達観してるんだよ、まだ若いくせに」

「引退して、人にあれこれをお説教臭く教えないためです」

「……暇だな」

「ええ、でもこんな時間もたまには作らないと」 

「ここって禁煙か?」鈴木の古臭い誠実さに相田は一目を置いている。だから、こうして軽い普段の口調もあえて振舞っているのだと理解が及ぶ。

「ああっと、たぶん。タバコぐらい我慢してくださいよ」

「種田みたいに言うなよ。窓を開けて吸えば問題無いだろう」相田は、タバコに火をつけて寒空に身を晒した。窓からの風は、刺すように痛い。ベランダは駐車場に面しているために、下の捜査員に見つからないよ、相田はしゃがんで体を縮ませる。外に背を向けて体は室内に向ける。

「閉めてくださいよ」鈴木が窓際から隅に離れた。風が当たるだけで体感温度はグッと低下する。冬の北国の住人ならば、雪よりも気温低下よりも、寒さを感じるは強風であることを誰もが知ってるだろう。帽子をかぶり手袋にマフラーで、足元に雪が入らなければ、大抵の気温でも外にいられる。快晴の昼下がりで雪掻きの上半身のコートを脱いでいる光景はそのためである。

 夜になり翌日を迎えても異常はなかった。

 翌朝、理知衣音が部屋から出てきた。耳を澄ませてドアの開閉で部屋から出たことをドアホールから視認、廊下からエレベーターへ。数分前に彼女の息子も登校していった姿を確認していた。

「階段で降りるぞ」荷物を動きやすいメッセンジャーバッグに詰めた鈴木は片目が閉じた状態で頷く。朝が弱いのは刑事としては致命的だと、相田の感想。しかし、鈴木が時間に遅れてくることはなかったように思う。根が真面目なのだ。

 ドアを出て二人は右手の非常階段の錆びついた扉を抜けて、一階まで降りる。エントランスではち合わないようドアの隙間から彼女の通過を待って後を追った。目は見えるのだろうか、彼女の足取りは軽い。相田は携帯を取り出した。

「相田です、彼女運転するつもりです。大丈夫でしょうか」

 通話の相手、熊田がこたえる。「数日は視界がぼやけるて見えるとは医者の診断だ。症状は個人差によるだろう。雪道での運転だ、視力は回復したと解釈すべきだろう」

「追いかけますか?」

「いや、一旦署に帰って来い。待機の捜査員が黙っていても送迎してくれる」

「そうですね、わかりました」

「熊田さん、なんて?」鈴木が両手をこする。

「戻って来いとさ」

「熊田さんと種田は昨日はなにをしていたんでしょうか」

「お前が調べた不来回生を追っていたんだろう?」

「相変わらず秘密主義ですね。まあ、部長ほどじゃないですけど」

 およそ刑事は見えない私服の二人がエントランスで早朝から談笑するのは、住人からは異質に映ったのだろう。ゴミ出しの主婦が二人を避けるようにそして足早に通り過ぎていく。

「俺達ってそんなに怪しいかあ」相田が硬質の床を踏んだ。

「ええ、十分怪しいです」

「お前一度家に帰るか?」

「そうしたいですね」相田は理知と見張りの車が出てから、灯台下暗しの要領で堂々とマンションの駐車場に止めた車で鈴木を自宅へ送った。