コンテナガレージ

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ROTATING SKY 8

 理知衣音の勤め先は住宅街の十字路の角、道路を挟んだ向かいには公園があり、熊田はその前に車を止めて待機していた。種田が助手席に同乗。雪で埋まる公園は子供の歓声で満たされていたが、正午をすぎるとピタリと辺りは静かになった。わかりやすく捜査員の車両が会社の駐車場、空きスペースに見える。黒のセダン。

 熊田の携帯が胸ポケットで震えた。「はい、ああ、どうもお疲れ様です。ええ、まあ、なんとか。はい、ええ、そうですか。わざわざ、すいません。はい、失礼します」

「どなたです?」

「神さんだ」

「それで?」

「ん?」

「電話の内容は?」

「ああ、誰だって聞いたからそれだけに答えたんだ。内容も知りたいか?」

「結構です」種田があからさまに首を外に振った。

「触井園京子宅の絵画から彼女の毛髪が検出された」

「彼女の作品だったということですか。他の方の毛髪は、見つかりましたか」

「彼女のものだけだそうだ。つまり、彼女がどこかで描いたものである確率が高まったわけだ」

「彼女が触井園だとはまだ言い切れないと、熊田さんはおっしゃいましたが、何故そう思われたのです?これまでにも身寄りのない人間の死体を何人も見てきましたけど、誰も身分証の人物だと疑わかなった」

「北海道から東京への航空券はカードで購入されていない。これは、予め手に入れていたと考えてもいい。しかしだ、その後はカードが頻繁に使用された。先々に決まった予定ならば航空券や新幹線の乗車券は仕事先が用意するはずだ。なのに彼女は当日券で移動した」

「そもそも北海道から東京へ移動したんでしょうか。カードの履歴ではホテルの宿泊が記録として残っているだけで被害者が北海道へ戻ったルートが飛行機とは確立されていません。もし仮に当日券で移動したとしても単に手配が間に合わなかった、と私ならば考えます」種田は咳をして言葉を切る。「彼女が触井園本人ではないと、判断した理由がこれですか?」

「いいや、うまく言えないな」

「言ってもらわないとこれからの対処に差し支えます」

「企業側の不備かもしれない事故で怪我を負った人間が、その会社の車に乗るだろうか?」遺族の理知衣音は別の会社の車に乗っていた。

「同じ車種ではありませんから、乗る人もいるでしょう」

「うん、それはそうなんだが。普段から車に乗り、時には長距離移動で運転するとなるとは、やはり事故の記憶というのはどこかに残っているんじゃないのか。同じ会社の車ならボディや内装のレイアウトも似ている。無意識に事故の記憶が思い起こされなかったのかとも思うんだ」熊田は顎に手を当てた。二日目の無精髭がちくちくと痛い。

「でしたら、病院に通院歴があるかもしれません」

「調べてみるか」

「価値はあると思います」

「あいつらに頼むか……」

「徹夜明けですが、いいんですか?」

 これが刑事の通常勤務だ。捜査があれば朝も昼も休みもない。それに見張りといっても隣の部屋で寝泊まりができたんだ、少しは睡眠をとっている」

「私達が調べたほうが早いと思いますが」

「こっちの見張りはどうするんだ?上層部に任せるのか」

「いいえ。見張りなら、車中で交代しながらなら仮眠が取れます」

「しかし、あいつらはもう署に着いている頃だ。我々と交代する時間と労力を考えると……」

「このままで」種田の同意によって触井園京子の事故後の通院歴は相田と鈴木に任せることに決定した。