コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

ROTATING SKY 7-1

 センセーショナルにメディアを賑わすかにみえた報道は、有名芸能人の飲酒喫煙騒動によって風向きを変えた。新聞では数日にわたって記事を掲載していたが、人々の関心はテレビのゴシップに花を咲かせる。被害を最小限に抑えた結果にM社の顔は綻んでいることだろう。もちろん、警察もである。触井園京子について、マスコミの執拗な追求はゼロに等しく人の浅はかさと掌で踊らされる世界に生きている事実を、真実を知る者たちだけが噛み締めていた。

 鈴木と相田は理知衣音を見張るため、大胆に彼女の隣室を借りた。上層部は駐車場の車中で見張る。

「上にバレますよ」

「そうか?騒動は収まりつつあるんだ、深追いしないのがあの管理官だよ。それにオートロックだし、彼女だって警戒する。安易にドアを開けたりしないだろう」

「息子がいますね、狙われませんか」

「相手の意図が不確かな以上、無闇に嗅ぎまわれば気付かれる危険が高まる。つまり、捕まえるなら現行犯しかなんだ。まあ、捕まえても尻尾を切り離すだけだろうけど」

「トカゲみたいにですね」

「イモリだか、ヤモリだかの爬虫類。詳しく知らん」

「案外ものしりですね、相田さん」

「誰かに話したくて調べたんじゃないからな。そういう奴は嫌いだ」

「いますね。でも、歳をとったらみんな知ってることを話したがりますよ。うちの親もそうでしたもん」

「話したがるのは、自分を大きく見せたい、博識な私を誇示している」

「そうですね。相田さんは、あんまり言いませんね」

「聞かれたらこたえるさ、聞かれてもいないのにそこまで聞いていないのに話したりはしない」相田は昼食のおにぎりを頬張って鈴木に言う。「お前もあんまりペラペラ喋るなよ」

「僕はわりと無口な方ですよ。友達でもっとおしゃべりな奴もいますし」

 相田はじっと鈴木を睨む。「ペラペラというか、へらへらだ」

「うまいですね」

「おにぎりが?」

 暖房が入らない部屋での張り込みは寒さとの戦いで、二人の刑事はそれぞれに防寒対策をして待機に望んだ。食料とアウトドア用のガスでお湯を沸かし、インスタント食品を夕食、翌日早朝用まで買い込む。二人は上層部の捜査員と理知衣音が到着するまでに大家に事情を伝えて部屋を確保したのだった。鈴木の気がかりに熊田は気にもとめず、鈴木と相田を送り出した。上層部は捜査に本腰を入れない、その一点張りでこれ以上の説明がなされないまま二人は見張りに従事する事態に身を置いている。

 午後三時過ぎにドアが開いた。耳を澄ます。息子が帰ってきたようだ。

「小学生の子供ですね」

「襲われなかったみたいだな」

「僕達が考えすぎたせいですかね」鈴木は集音装置を外すと、ショルダーバッグからスナック菓子を出して食べ始めた。「食べます?」集音装置は、心音をはかる聴診器とほぼ同一の形状である。

「いつ買ったんだよ」

「買い出しのついでに」ヘヘッと鈴木は舌を出した。

「経費では落ちないからな」

「落ちますって。食料として認めてもらえますよ」

「どうだかな。単なる個人的な買い物としか俺には考えられないよ」

「なんで僕達が見張りなんですかね。熊田さんたちは、暖かい部屋でぬくぬくとしてるんです」はたして、そうだろうか。あの人が部下に仕事を押し付けてサボったりはしない。種田も一緒に行動している、あいつが抑止力となるはずだ、よほどのことがない限り道は逸れない、と相田は思う。

「聞いてます、相田さん」

「ああ」

「……触井園京子は本当に殺されたんですかね。時間が経って思い返すと彼女、自殺したんじゃないかとも思うんです。どうですそのへん」

「さあなあ。鑑識からも情報はまったくないし、こっちは手詰まり。現場には絵と死体と血ぐらいだろう、彼女以外の毛髪が採取されなかったことを考慮すると彼女はほとんどの時間をあの家で一人で過ごしていた。もちろん、来客はあっただろうけど、親密な間柄にはならなかった。特別でもないよ」

「それってなんだか、悲しいですね。誰も彼女を訪ねて来なかったなんて」

「俺はなんとなくわかるよ。煩わしさをきっぱりと切り離したんだ。真っ黒か真っ白か、極論で選んだ」

「うーん。うまい具合に世の中を渡れなかったんでしょうか。僕だったら、もっとこう少しぐらい嘘をついて会いたくないときにだけ一人でこもってますよ」

「割り切りは嘘、これが彼女の解釈。正直だったのさ。死んでしまったら聞けもしないがな」

「今日はしんみりしてますね。相田さん、彼女いましたっけ?」

「はあ?なんだよ、突然」相田は集音装置を耳からはずした。

「いえ、発言が全部暗いほう、暗い方に流れていくので、プライベートで何かあったのかなあ、思いましてね」鈴木が上目遣いで見てきた。相田は、手を払って威嚇を滲ませて答えた。

「お前に話す必要はない。答える義務もない」

「じゃあ、彼女はいるってことか」

「……卑怯だぞ」

「こうでもしないと、相田さん、自分のことな~んにも話してくれないんですもん」

「口の軽いお前に話したら、明日には熊田さんと種田には完全に知れ渡っているからな」

「……それにしても暇ですね」

「見張りだからな」