種田は体の横回転を利用した足技で拳銃を弾き飛ばすつもりらしい、膝を伸ばしながら、黒川に背中を向けていた。
無理だ。間に合わない。
熊田はもう一歩踏み込み、体ごと飛び込んだ。
ハッフッ。黒河が息を呑む。
拳銃の角度がアイラに向けられた。
もう少しだ。届け。
黒河の目が細く三日月を描いた。
ダメだ。
ドン。鈍い打音。
目前を通過した物体が黒河の顔面を直撃。射撃に間が生まれた。
発砲ではない。
種田の踵が拳銃をはじく、続いてソファの背もたれを蹴り出すアイラが種田の足を越え、黒川の左側に。顔面を左手で包み込み、ソファの後頭部が乗る位置に体重を乗せて押し付けた。
音声が一気に回復する。
熊田はソファに押し付けられた黒河に覆いかぶさった。
「拳銃!」熊田は声を荒げた。片手を掴み、黒河を拘束。しかし、黒河はアイラの一撃を受けて意識を失っていた。
「確保!拳銃確保です」高まった感情の鈴木が安全を宣言した。
熊田は切れた息を整える。年齢には不釣合いな一瞬に命を失いかねないやり取りは、身を縮める。案の定、似通った顔つきの二人は平然としている。体格や身のこなしがそうさせるのか……。
「鈍ってはいないようね」アイラが体を引き伸ばして種田に言った。
「こっちの台詞。刑事は格闘の心得が必須」
「昔取った杵柄でしょう?」
「否定はしない。昔以上に学ぶべきことが少なかったのは事実だ」
「なにごとだぁ!」バス会社の専務、橋田が物音を聞きつけて無造作にドアを開閉した。
「黒河さんを署まで連行します。拳銃の所持及び、発砲未遂です」熊田はネクタイを解いてのびた黒河の両手首を前手できつく結んだ。
「……社、社長に連絡しないと、まずいことになたっぞうこれはあああ」息を止めてから、橋田は大声を張り上げ、室内を出て行った。
「あの人が気を落ち着ける前に連れ出す、引き止められては適わん。二人とも怪我は?」
「見ての通り」アイラはくるりと回る。
「同じく」
即答した種田に催促、熊田は黒河の肩を持って、立ち上がろうとする。「そっちの肩を持ってくれ」
「はい。鈴木さんもお願いします、私だけでは無理です」
「鈴木!」
鈴木は咄嗟の判断を今更振り返っているらしく、声が聞こえていない。「……ああ、はい。手伝います」
ソファをぐるっと回りかけたところで、鈴木はつぶやいた。「僕の端末、見ませんでしたか?」