コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 5~無料で読めるミステリー小説~

ガラス張りの喫煙室越しに、薄く曇るシャンデリアを眺めた。
 何かのために殺されたのだと仮定すると、掘り起こしてはならないのかもしれない……。
 三本目。
 これを摘みかけると、人が飛び込んできた。厄介な場所への誘い。
 壇上で、挨拶をした。手短に済ませます。前の人物大層長かったので、と笑いに変えて本心を語った。
 内容がスピーチの傍からこぼれる。握手を交わしたことはなんとなく右手が記憶していた。
 わき目も振らずホテル前のバスに乗り込んだ。手元には硬質で透明な四角柱。
 異なった速度の風景を欲しがった。
 カワニはとうとう姿を見せなかった、私に合わす顔がなかった、ということだろう。
 駅前で下りた。
 スタジオに着替えを用意しておいて良かった。後でアキに取りに来てもらう、明日でも構わない。記念品をコーヒーメーカーの横に人形を並べるみたいに置く。
 いっそのことビルごと買い取ってしまえ、私が囁く。年間契約で十分、それはどこかで誰かと何かと、わずかなかかわりを求めているのかも。そう、死を呼び寄せるルートを。
 テーブルの饅頭をつかむ。名刺が一枚その下に置かれていた。次の仕事がスケージュールの隙間を埋る予感、いや確信の旗がはためき横切る。
 ギターをつかむ。そういえば、と着飾った演奏の衣装は実際パフォーマンスを下げているのでは。
 こちらは、岸壁で手旗を振る。
 検証の余地がありそうだ。
 買取りの連絡をアキに入れた。しわくちゃ、汚れの恐れと縁を切り、曲作りを取り掛かる。夕食は饅頭が補う。究極にエネルギーが低下したら、仕事を切り上げよう。補給と休息と稼動はそれぞれ個性が強い、素直に彼らに従う、これが付き合い。
 仁王立ちのアイラはストラップを肩に曲を紡いだ。行きつ戻りつ、鉛筆とお尻の消しゴムがささっと、ずむずむ、ギターはしゃんしゃしゃん、と声は言葉にラ行を繰り返す。
 曲が完成し、彼女が死んだ。
 こうして可能性を探る。
 死によっては、新境地を探っていたのかも。
 亡くなったので声が聞けない、これが残念だ。
 ケースに仕舞うギターを担いでスタジオから駅へ。真っ暗である、とっぷり日が暮れた。お腹がすいた。家に何かあっただろうか、わかりきったこと冷蔵庫の中身は透明な液体のみ。簡単に済ませられる食べ物を駅構内で願ったけれど、もう店はシャッターを下ろす。だったらと、空腹を我慢した。おかしなほど車両は空いていた、なるほど今日は祝日らしい、車内の電光掲示板は日付に親切な「祝」の文字を流す。
 曲は明日破棄しよう、あいまいな死を私は飼うのだ。
 

犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 5~無料で読めるミステリー小説~

「彼の成り立ちは戦後の復興期に事業を起こし、歴史が動き出しただろう?資本主義のベースを工場機械の製造とその機械となる材料、素材の加工だ、世界での生き残りにはまず体力の増強が求められた。生活が潤うと人は次のステージを目指す、まだまだ列強大国と肩を並べるまでとはいかないからな、そこへ彼は目をつけた、大衆車の製造だよ。先見の明に長けていた彼は国から資金提供受ける、発展に必要不可欠であると、認められたんだな。国が法律をそこで作り出してしまった、経営方針を定める権利を持つ出資比率以下でしか彼の資本を獲得してはならない、と」
「あれは数年前に法案が消滅しただろう、自由競争にはそぐわないって」
「ああ、だからその穴を"世界の巨人"と提携することで補うのさ。信念とは裏腹に。救いを見出すとすれば、彼がこの国の巨人と手を組まなかったことは評価に値する。まあ組めないというのが現実だろう、今度こそ独占に抵触する。海外にマーケットを広げれば、まだまだ余白があり巨大な一塊に捉えられてもだ、利益を独占するには至らず、ということさ」
「それじゃあ、国との関係は消えてる。起因には成り得ない」
「国が輸入量の規制を緩めるとしたら、つまり世界の巨人をこの国に入国させる間口を広く取ったとしたらどうだ」
「あおりを受けるのは彼だって同じだろう」
「彼は頑なに契約を結ぶ偏った嗜好性を求めるユーザーを抱える。巨人とは住む世界は地上であっても、高低さが生じてるのさ。高層ビルの窓、眼下の景色を目覚めに眺めたい者と周囲と隔絶した分け入った山奥のガレージで工作にいそしむ者とでは価値観の違いは明瞭だ。巨人の助けを請い、旧友をも間接的に援助する」
「クワバラ、クワラバ」
「お経か?」
「恐怖に出くわすと口にするんだよ、この国では」
「呪いの類か。まったく、不思議な国だ」
「そうそう油を売ってもいられんのだ、行くぞ」
「なぜ、油なんだ?」
「燃え尽きてしまうような些細なことにかまけているから、じゃないのか」
「収集に費やす労力と即時完売のあっけなさ、この対比かもしれないぞ」
 遠ざかる二つの声。彼らは実に明快に物事の理を言い当てていた。
 そう。 
 アイラの中でかなり前に答えが出た問題にこうして色が塗られた。けれど、下書きの線を絵の具の色はその囲いをはみ出す。踊り、色が線を飛び越える、不規則にただただ従順に思いのまま色が白と黒の色調に追加された。
 ええ。
 誤った認識だったのかもしれない、彼女は真摯に受け止める。あれは私の思い過ごしで、仕掛けにまんまと騙されてしまい、ここまで来てしまった。だが、騙されなければ、正解にたどり着くこともあるいはなかったように思える。振り返る要素を残していた、とも思えるからだ。
 喫煙室が一気に空く。どうやらパーティーが始まるらしい。人が両開きのドアに吸い込まれる、給仕係、またはフロア係が私を見やった。入室を希望ならば、ドアは開けていますよ、あなたが通過するまでに。首を振った。ねじるように。無言をわかる人で良かった、猫のように首を傾げないで良かった。あれは単なる仕草、言葉を当てはめたのは私たちの道理。利口な犬を買う主人が利口では必ずしもないように、大層な美術品を所有するからといってその人物が究極の理解者であるはずは、当然ありはしないのだ。音楽も然り、相手に届き解釈は自由でよろしい。

犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 5~無料で読めるミステリー小説~

 駅。端末は最短のルートを教える。複雑に入り組む都内を衛星の頼りなしでは歩くことがままならない、失われる機能はいずれ感覚器官の変質につながり、その他の機能で補う進化の道をとるか、はたまた退化を選ぶのか、アイラ・クズミはビルと住宅地が押し合いへし合う、坂道を上る。
 ホテル・ニュー広野のロビーを足早に通り抜ける、宿泊客と間違えられてボーイが駆け寄る親切をあらかじめ取り払う。会場の新館二階へ足を向ける。二階ではなくて三階分の階段を上がった、高低さを利用した新館と休館の造りであるようだ、いたるところに案内板が下がる、足元にも。受け継がれた館内の様式美を損う、その覚悟を決めかねている。
 いっそ取り壊してしまえ。
 あてがわれた憂鬱を襷がけに彼女は召集のかかる祝賀会に参加をした。
 これは彼女が作詞作曲を手がけた先日のCM曲が下半期広告大賞なるセレクションを勝ち抜いた祝いの席である。これほど関わる人間がいたとは到底思えない、参加の辞退を申し出ていたアイラではあったが、一言だけ、とカワニに頭を下げて、地面にまで擦り付けてお願いをされた。押し付けておくばかりで当人は不在、囁かれるたわいもなく塩辛い会話がさわさわと壁を背にした彼女の背後にまでうごめく。彼らはグラスを手にせっせと塩分を薄めていた。
 スピーチの時間を知る、発言の場に合わせ会場に戻ろう。アイラは会場内に目を光らせる人物、蝶ネクタイの人物に尋ねた。一瞬ひるんだものの回復は相当に早い、私心を忘れられる仕事人であった。段取りを訊く、できればスケジュールの大まかな流れを教えて欲しい、と頼んだのだ。ホテルマンは快くタイムスケジュールの用紙を見せた、また予定通りに進むかは、取締役の到着時間しだい、とも付け加える。私の紹介を車会社の長が担うらしい、壇上で手を握る行為は可能な限り拒否をしたい。
 午後六時半頃戻るとしよう、アイラは廊下を通り喫煙所を目指した。堅苦しい服は肌が拒否を示す。ジャケット、シャツ、パンツ、靴。一式を黒で統一した、スタイリストのアキの提案である。素材自体は軽いが、この服を入場許可証に採用する意思はやはり権威をみせびらかす対極の存在、市民との区別が好きなのだろう。特別な一日のために気を張りたい人物ばかり、誤認をそろそろ見返してはどうだろうか。まあ、私がその場を離れてしまえば、困惑とは縁を切れる。
 喫煙室は込み合っていた。二人減って入ると決める、今すぐに喉から手が出るほど、という症状は持ち合わせていない彼女だ、吸う機会、取り込む確証が得られて発動、切り替わる気分のスイッチに据える。
 椅子にこうして座る、これでも十分代用に値するだろう、彼らの声と姿見られないそれだけでかなり気分はクリアに良好な一日の天候を見出せる希望のような観測と心境を得られる。
 目線の高さにシャンデリアがうごめく、光の反射がぬらぬら。
 長いすの背後が階下のロビーを見下ろせるアクリルガラスの壁、照明は坂道に立つ住宅、その二階窓から電信柱のトランジスタを眺める光景を思い出す。ひどく大きくてまじまじと見入ってしまいそうなほど、新鮮。
 大柄な外国人が席を二つ空けた隣で談笑を始めた。
「彼と手を組むメリットが知りたいね。世界を生き抜く体力が残されてると思うかね、早めに見切りをつけることをお勧めするよ、君のことを思ってだよ。とはいえ……、君はがっぷりよつで資本提携を結んだ。まったく考えが読めない」
「狙いは技術力。信頼性を取るなら我々諸外国よりも彼らの力は群を抜いて上だ。まず、故障をしないし少ない。そこへブランド価値が盛り込まれる、途上国と先進国の双方に顔が効くはずだよ。それに彼はこの国で主流の大型車はほとんど製造せず、コンパクトさを謳う。スポーツカーの真髄がまだ生き残るのさ」
「しかし、世界に打って出るとは思いもよらない。青空に雷が落ちたようなものさ。どちらかというと、職人気質で商売は不得意なイメージだ。もう一度友人として忠告するぞ、失敗のにおいがぷんぷん立ち込めてる」
「背後をよく見てみな」
「黒幕がいるっていうのか?」
「物事にはそれなりの理由がある。一見互いの利に適う提携だ、ただお前のように斜に構えた一段階上の見方は当然予期されていた。ならば、それに見合う理由を構築、作り出せば好奇心はそっちを追ってくれる。本筋を隠してな」
「提携を越えて国を代表する企業の利益、しかも互いに潤う。上手すぎないか?」
「両者とは言っていない。主導権はどちらか一方だろう」
「おいおい。互いの心臓をつかんでる状態で、まだ攻撃と防御を兼ね備えた手段があるのかよ。想像もつかん」
「俺だって話を聞くまでは、資本提携が目的だと思い込んでいた」
「起因は何だ?」
「国」
「クニ?」

犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 4~無料で読めるミステリー小説~

写真はすぐさまリュックにしまわれた、チャックも閉まる。
「死体の人物の身元は依然として明らかになってはいない。一方あなたは知っている、表情は嘘をつかない」
「参ったな。結構貴重な情報だと思うんです。そうやすやすと……」種田はすごんだ。男女の仲を誘発する距離。じっと睨みつける、目玉をくりぬく用意はできている、瞳で語った。
 面相がいくつか変遷を遂げた。どれもしくっりとこない。当たり前だ、種田は思う。私は不適格を告げるのだから。
 決意が表情に湧き出す。種田は身を引く、凹凸の草むらに体重を預けて偏りを正す。ステージ付近が騒がしい、音にまみれた耳のおかしな連中が溺れる。なぜ楽器を手に自ら弾かないのだろうか、溺れる、これがよりどころ。
 どん、どん、重力の波が空気を震わせて、届いた。フリーライブの開演である。集合時間はとっくに過ぎていた、どうにか落ち合う手段を考えないと、種田は水平線の船でも眺めるように、模写をするときの遠い目で小さなステージに見入った。彼の存在は死角に捉える。不思議と側頭部や肩口の辺りに目があるように彼女は自らを評する。彼は言う。
「あの機内では、演奏を止めた君村さんはアイラ・クズミさんのマネジャーを、『カワニ』と呼び、知り合いのようでした。ご存知かと思います、君村さんは以前アイラ・クズミさんの所属レーベル兼事務所プリテンスに籍を置く歌手でした。プリテンスは抱える歌手の演奏の技術向上にレコーディングスタジオと年間契約を結ぶ。現在アイラ・クズミさんは個人でスタジオ契約を結び、これまでの一室をもう一名の歌手が使用し、スタジオの二室をプリテンスの所属歌手が占める。このスタジオビルはあなたも体験済みだとは思います、多くの歌手、それからミュージシャンの出入りが絶えない。年中稼動している、といってもいいでしょうか。そこで、miyakoさんと写真に写る人物を音楽関係者と想定し情報を集めてみました。気になります?」
「君村ありささんの演奏が終わる前に控え室で待ち受けるあなたには時間が限られる。さきをどうぞ」
「山本西條、君村ありさ、の二人も死体となって現れた人物とのツーショットが取られました。どうです、驚きでしょう?」世間の関心をもっとも引く人物がmiyako、他の二人では話題性の引きが弱い。
「三名共に嘘の証言をついた。私たちは死体の顔写真を彼女たちに確認させた、否定は死体との生前の関係を隠したかった」
 禁止事項を警察が破る、規制に例外はつきもの。種田は熊田を呼び出した。
「どちらです?」
「控え室だ。短時間で済ませろ、既にスタッフに睨まれてる」
「miyako、山本西條、君村ありさは死体との関係を隠してました。証拠の写真も現在、手元にあります」
「鑑識に回す。本人確認が取れ次第、三人に再度事情をきく。鈴木たちにも伝えろ、控え室脇が集合場所だ」
 いつも通話を一方的に切る、種田は用が済んだ画面をしばらく見入った。
「おかしいですねぇ。この写真は刑事さんが押収した証拠品ということにいつからなったのか」十和田があきれる。だが、腹は括る様子だ、抵抗するならリュックを抱える時間は残されていた。逃走もありうる。もっと言えば、コピーの用意を怠ったのでもない。浅はかな人間を演じる、彼の事務所を訪れた時に感じ取れた不協和である。
「たった今です」畳んだ椅子の代わりに写真を要求する。
 事件から約三週間の時の流れは巷が飛びつく期限をとっくに杉ってしまっている。
 加えて週刊誌も掲載の価値を見出さなかった。アイラ・クズミが制約を課した出版物との兼ね合いだろう。それにしてもアイラ・クズミはどこまで強かであるのか、種田にはわかりかねた。いいや、身に染みる、重なる、自らの領地をせっせと耕す者はその領域では自由でいられることを望む。違いを見出しにくいほどの似通った姿にまるで自分を見つめている、錯覚を引き起こしたのだ。
 音が鳴る。夏を思い出した、一晩だけ騒音が許される盆の晩である。
 犯人が絞られる段階に達したけれど、どうにも彼女は納得しかねる。熊田は確証を得るまでだんまりを決め込むだろうし、私個人で犯人にたどり着かなくては、ましてあの歌手に頼ることはまっぴらごめんだった。それならば、無理を承知で熊田の推理を聞き出す。あれほど回っていた頭がすぐに回転をやめた、しょんぼり力なく回転数が落ちる。体が傾く、がくっと堪えた見たいに片ひざが笑った。
 高カロリーほど長時間の稼動は不向きなのか、検証してみる価値はある。
 片手を広げる軽薄な男を見切り、種田は草むらを駆けた。