コンテナガレージ

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店長はアイス  死体は痛い?3-7

「誰が好き好んで働いていると思っているのかしら。女の大半は、家庭を望んでいる。そのための布石で仕事をしている。あわよくば夫に給料それも切り詰めないリッチな生活を夢見る。だから、店長がもてはやされるの。仕事はできないかもしれない。けれど、生活には困らない。そういうことよ」

「他の店員が主な仕事を担っているのであれば、誰かがもしも店長を奥さんから奪ったとすると、それは均衡が崩れることになりませんか?手に入らないのなら支えていても仕方ない、無意味だと見限る選択肢もあっていいと思うのですが」

「スリリングな日常も必要なの。毎日同じバス、同じ電車、同じ地下鉄に乗って仕事に明け暮れ、帰るだけの生活。そもそも仕事なんて楽しくはないのがあたりまえ。店長がもし仮に自分のもの、私の理想をかなえてくれる生活を見せてくれるのであれば、生活にもハリが生まれる。もちろん、奥さんがいることはわかっている。でも、絶対じゃあないと思えてくるの、店長といると。あの人ほら、放浪癖じゃなくってフラフラ地に付かないところがあるでしょう?だからなおさら惹かれるって言うものあるんだけど、チャンスって思っちゃうの。私がゲットしたら、私が彼を変えてあげればいいって。今はどっちつかず、でも私なら彼を変えられる。私だけを見るように調教できるってね。仕事だってそうよ、覚悟が足りないだけ。センスはあるの。追い込めばなんだってするんだから」

 女性は男とは限りなく別種の生き物であるとはっきり思い知らされた、鈴木である。今回ばかりは相田も、開いた口がふさがらなくて、食べ物が入るまで閉まらない仕組み。

 林道は壁に掛かる時計を見る。「もういいですか?銀行に振り込みに行きたいんです私」

「では最後に」気を取り直した相田が言う。「この方をご存知ですか?」相田は大嶋八郎の写真を見せた。しかし、林道の顔色は不変を保つ。

「いいえ、初めて見る顔です」

「そうですかぁ」相田はため息。「ご協力感謝します」

 林道は立ち上がって、財布から一番大きい硬貨を取り出し、テーブルにパチリと音を響かせて置いた。

「捜査、頑張ってください。私にはもうなにも聞かないで下さいね、休憩時間を満喫したんいんで」

「強烈でしたね」鈴木が煙草に火をつける。相田は鈴木に向かいの席に移るように指示。

「誰だって自分が一番さ、博愛精神よりもよっぽど清々しいよ。……けど、生々しい」相田の口が左右にひん曲がっている。

「お腹すきましたね?」

「食べたばかりだろう、太るぞ」

「相田さんこそ、あっと、ごめんなさい」鈴木はわざとらしく口に手を当てる。

「まあ、いいさ。そうやって痩身を維持していられるのも今のうちだ。見ていろよ、いつかお前だって腹が出てくるんだ」二人のやり取りは次の人物の聴取まで続けられる。おおよそ一時間おきに林道の後、三人から事情を聞いた。しかし、彼女たちは一様に林道のそれと似通った発言で、もちろん彼女のようなあっけらかんとしたあけすけな言い方ではないにしろ、内容はほぼせいかくに林道の発言をなぞったものであった。口裏を合わせた可能性もうっすらではあるが浮かぶ。あるいは、林道が言う理想を彼女たち店員がそれぞれ思い描いているのか……。聴取を終えて、再び股代に会おうとしたが、不在であり、この日はそこで署に引き返した。車中では、女性について忌憚のない議論が二人によって繰り広げられた。おとなしい女性ほど、豹変する傾向がみられることや、嘘を見抜く女性の指摘には特段の根拠がなく昨日との比較で判断を下していること、においに敏感であることなどなど。

 しかし、署までおよそ半分の距離に差し掛かった時、連絡を受けて、鈴木たちは来た道を引き返す羽目になった。

店長はアイス  死体は痛い?3-6

「まあ、仕事といってもさあ、時間を共有していくうちにそれとなくあえてこっちから聞かなくってもわかっちゃうことって、あるんじゃないんですか」林道は相田、鈴木へ順番に視線を送る。「もうたぶん、ここに呼ばれるときに調べていたんでしょう?私と店長との関係」

「ええ、股代さんが話してくれました」相田が堂々答える。鈴木は関心する、まだ彼には肝の据わりが足りない。相田ぐらいのキャリアを積めば、そう割り切って仕事と称し、自分を離れた刑事から向き合えるのか。

「あの人ってさ、ずるいでしょう。いつも逃げ腰。店だってそう、他のみんなが店長の仕事を分担してかろうじて店長の地位を保てているだけ。チェーン店といってもうちは独立的な経営を任されているから、それぞれの店舗に日常の業務は任せている。だからこそ、やる気になる人もいて、でも店長は一人で何かを作り上げる人でないと思うの。命令で動くタイプなのよ」

 コーヒーが運ばれて、店員が去っていく。林道はストローを黒い液体に指し喉を潤す。艶のある動作は、どこか虫たちをおびき寄せて食べてしまう食虫植物にみえた。一々彼女の動作はわざとらしさも伺える。こういう女性が好きだ、という男は数多く、男の中でも大多数を占めるだろう。たしかに表面的な魅力は持ち合わせている。けれども、その先の道路が途中で工事をやめてしまっているのだ。鈴木はもどらなくてならない道をあえて進む勇気はないし、それを勇気とは言わないと思うのだ。女性に対する見方にもいくらかの判断が委ねられてもいいと鈴木は常々感じている。綺麗という形容詞でさえも人それぞれに意味合いは異なり、同一であるはずがない。ある程度の重なりは認める。しかし、完全なる一致を求めようとする人物は自分の意見が常識、一般的な指標と決めてつけるから厄介なのだ。鈴木が苦手なタイプ。その女性版はコーヒーを啜る林道といえなくもない。過度な自信が振りまかれている。

「股代さんが紀藤さんとも付き合っていた事も知っていました?」

「誰でも知っているわ、店では有名な話題ですよ。だってあからさまに店長と話す時だけあのひと、かるく飛び跳ねたりしてました」林道は椅子の背にも垂れた。緊張がほぐれたのか、あるいは本来の姿をあえて見せているだけか、鈴木に判断が難しい。

「刑事さんって、難しい顔をするのが仕事なんですか?」林道が鈴木に尋ねた。慌てて鈴木は眉間によった眉を離す。

「案外普通なんだ」林道は呟いた。どうやら本音らしい。

「睨んだのではなくって、考え事をしていたんです。誤解しないで下さいね」鈴木が弁明。

「あなたは紀藤さんに敵対心を持っていたと自覚しているみたいですね」相田は鈴木の空けた林道の隙間に片足それも抜けないよう返しの付いた、質問をぶつける。

「そうね」林道の口調がフランクに変わる。「けど、誰だって他の人と付き合って欲しくない、そう思うのが当たり前だわ。だって取られたくはないもの。独り占めしたいじゃない。店ではあの人みたいにあからさまな振る舞いなんて意外に思うかもしれないけど、私はそういうの無理なの」

「あなた以外に、紀藤さんを恨んでいそうな人は思いあたりませんか?」

「店員が店長以外女性だったことは、つまりはそういうことですよ。私はもう別れましたけどね」林道は小首を傾げて言った。

「ええっと」相田はわざとらしく困ったように間を取る。「全員と、その……お付き合いがあると?」

「当然です」

「当然って」鈴木が漏らした。彼女、林道が鈴木に言う。

店長はアイス  死体は痛い?3-5

 鈴木たちが食事を平らげ、食後の至福のひとときを堪能していた最中に、一人目の店員である、林道が姿を見せた。店のトレードマークであるエプロンを取り去ると、年頃の女性そのものであった。鈴木は席を移動し相田の隣に座った。アイスコーヒーを彼女の注文に便乗し刑事二人もお代わりを頼んだ。店長の股代修斗と男女の関係をもつ林道に直接、股代との関係性を聞くべきか、鈴木は迷う。とくにデリケートな問題であり、しかし事件の解明、紀藤香澄の死の真相を知る上では欠かせない、手繰り寄せた糸でもある。逃したくはない、これが本音。だが、やはりプライベートな質問は何度体験しようとも慣れない。苦手とは多少捉え方が違う。より本質的、無意識下のプログラムが行動を抑制するような感覚だろう。

 林道は相田の煙に顔をしかめた。煙草は苦手そうである。

「すいません、つい手持ち無沙汰で吸ってしまうんですよ、ははは。消します、消します」相田は掌を林道にみせて均整の取れた円形の灰皿に煙草を押し付けた。鈴木は質問を切り出す迷いが上体の前後動に現れている。トイレを我慢しているように見えたとしても弁解の余地はない。それぐらいの、緊張感が鈴木に渦巻く。

「前にも刑事さん?でしたっけ、しゃべりましたけど、今日はまた別の質問ですか?」

「別の質問というのはどういった意味でしょうか?」鈴木はしゃべりやすいように先を促す。

「紀藤さんのことではなくって、股代店長の事を聞きに来たんですよね?」さも自分の事を知っている口調で念を押すこの年代の特に女性が使用する語尾。自信のなさか、いいや視線に勢いが灯っているし、落ち着いてもいる。たんに流行りあるいは、友達間で頻繁に飛び交う状況がそうさせるのかも、鈴木は煙草の残りを確認して上着のポケットに仕舞う。店内の冷房が効きすぎているために、入店直後から上着は脱がずに着たままであった。

「ご存知の事がある、そんな口ぶりですね」

店長はアイス  死体は痛い?3-4

「この店、休憩に入り次第、社員の皆さんに来てもらいましょうか?」鈴木が言った。やっと湿った手から開放されたのだ。

「わかりました。では、そのように伝えておきます。最初の休憩は、お客の入りを見つつですが、一時半から二時の間に入ります」現在の時刻は十二時半である。まだ一時間も先か、鈴木は足早に多少顔色に赤みが戻った股代を送り出して、ため息をついた。相田が、対面の席に移る。おもむろに煙草を吸い始めた。この店は喫煙スペースも隅に追いやられることなく、禁煙席との区別もない。大きく吐いた煙が巻かれる。

「人を束ねる立場を利用してやいませんか?」

「付き合うほうも付き合うほうだ、一概にあの人が悪とは言えない。権力を振りかざして関係を迫ったのなら、話は違ってくるけどな」

「似たようなものですよ。だって、逆らえませんからね、店長には。権限あるんだし、小さな店だったらなおさらです。人事権だって店長の思いのままですよ。ちょちょいと、気分でやめさせられる恐怖をちらつかられるんです」

「ずいぶんと敵対心を持っているじゃないか。モテるからってひがんでいたりしてな」

「はあっ?何で僕が」

「それよりも、紀藤香澄と大嶋八郎はなぜ同じ場所で死んだのか、ああっつもう、何んにも浮かばん」

「もしかして、相田さん、さっきからずっと考えていたんですか?」

「もうろくしているとでも思ったのか」

「はい」

「頭からアイスコーヒーをかけてやろうか?」

「すいませーん、注文良いですか」鈴木はかろうじてロープに逃げた。テーブルを拭いていた店員に声をぶつける。「昼ごはんここで食べちゃいましょうよ、どうせずっとここで待っていなきゃいけないんだし」

「覚えているからな」

「何がです?あの、こちらのオススメはなんですか?」

「卑怯者」

「はい?」注文をとる店員の頭にクエスチョンマークが出現する。

「いいえ、なんでもないです。ああ、そうですか、うん、とじゃあ、そのハムカツセットを、相田さんは?」

ナポリタン、大盛りで」

「お飲み物はよろしかったですか?」

「大丈夫です」

「ごゆっくりどうぞ」