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摩擦係数と荷重5-1

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「もしもし、相田さん?」
「なんだよ?こっちは忙しいんだ切るぞ」
「ああ待ってくださいよ、ちょっと調べてほしいことがあるんです。すぐに済みますからお願いします」
「ったく。で、なんだよ調べてほしいことって?」
「早手亜矢子の捜索願を調べて欲しいんです」
「捜索願?もう死んだのにどうして捜索なんかするんだ?葬式だって終わっただろうに」
「そうじゃなくて、早手亜矢子の母親の連絡先を知りたいんです」
「それと、捜索願とどうつながるんだ?」
「だから、捜索願の提出と、その時にまだ身元不明であった早手亜矢子の情報が合わさって身元が判明して、その時書いた母親の連絡先が知りたいんです」
「ああなるほど。最初からそう言えよ。一から十まで、全部把握してると思うなよ、お前の言葉は足りなすぎる」相田はあれこれと文句を行ってきたが鈴木の申し出は受けれ入れられ数分の保留音の後に番号が伝えられた。
「もしもし、私先日お会いした刑事の鈴木と申しますが」早速、鈴木は早手美咲、早手亜矢子の母親の番号をコールする。
「はい、刑事さん。どうかなさいましたか?」かしこまった声が耳から染みこむ。
「はい、あのですね、お聞きしたことがありまして今どちらにいらっしゃいます?」
「運転中です」
「あぶないですね」
「いえ、ハズフリーですから大丈夫です」
「そうですか。娘さんの事件についてお聞きしたのですがお時間を作ってもらえないでしょうか?」
「今はちょっと無理ですね。これからまた別のクライアントのところへ行く予定ですので」
「そうですか、では何時頃に終わりますか?とても重要なお話です、早急にでも伺いたいのです」
「なにかわかったんですか?」前回とは異なる積極性を早手美咲は鈴木から感じ取った。
「電話ではお話しできませんが、はい、掴んだ情報はあります」正直に言う鈴木。それでいいと熊田も頷いている。通話はスピーカーにしていた。
「……わかりました。では、午後7時ぐらい事務所に一度戻りますので、その時なら少し時間がとれます」
「仕事の後になにかご予定でもあるのですか?」最後の言葉が引っ掛かった鈴木は躊躇なく踏み入る。

摩擦係数と荷重4-5

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 「しかし、母親が関与している可能性があるということですか。そんなぁ風には見えませんでしたけどね」

 「先入観を持たないほうがいいですよ」種田は窓を閉めながら答える。信号が青に変わる。

 「でも、娘が亡くなったのには全くの無関係だからこそ、現場近くを通ったのを言わなかったんじゃあないか」

 「守秘義務

 「そうです、職業は税理士ですからクライアントとの打ち合わせの類を外部に漏らしたくはなかったのでしょう。もしかしたら、警察が聞いてくるまでは言わないつもりだったのかもしれませんし」

 「娘の死よりもか仕事を優先したのか?」

 「うーん」

 「娘が死んだのなら生きているクライアントが優先されます」種田の簡潔な答えである。

 「そこまで割り切っている人だろうか。ひどく悲しんでいる様子だったけど」鈴木は首を傾げた。

 「悲しいでしょう。しかし、母親は生きています。死ぬまで生きる。だったら、この先も関係の継続で母親の経済面に影響を及ぼすクライアントの個人的な事情への比重は大きくなるのがもっともな選択ではありませんか?」

 「人がどう思っているかなんてわからないが、事実を抽出すれば見えてくるさ」議論が熊田の言葉で終息した。鈴木も腑に落ちない表情で後部座席の間から身を乗り出して思いを二人にぶつけようと踏み出そうとしたが、閉店後の降りたシャッターではいくら叩いても店主が起きてくることはなかった。熊田はドライビングに集中、種田は電池切れに陥っていた。

 車はまだ空いている国道に走行する。広大なH大学の敷地の周囲をなぞるように進み、競馬場を左手に見やり大きな通りに工場団地から住宅街そして大きな川沿いを南下、その先で交差する国道を左折する。数十分のドライブは国道から逸れて線路を渡ると終わった。鈴木の道案内は的確で、大きな通りを数度曲がっただけであとは直線を進むのがほとんであった。

 事前にアポはとっていない。つまり、在宅である保証はどこにもなかった。早手亜矢子の葬儀は先週にとり行われたばかりだ。もしかするともう母親は休んでいたであろう仕事を再開している可能性もある。

 インターホンが押された。けれど、うんともすんとも言わない。

 「いないようですね」空を見上げるように種田は家を、首を急角度にさせて眺め、言う。

 「勤務先は?」

 「ええっと、住所は隣駅のあたりですね」

 「そこにいるかどうか確認してくれ」熊田は早速タバコに火をつけていた。噛み締めるように最初の一口を吸う。熊田は母親が自宅にはいないと予測していた。理由は、母親の実直さを見越したのだ。報われない娘への情意を引きずることは今後の人生にとってはマイナスを生み出しかつ、まだ生きるためには仕事から得られる報酬が必須と思い込んでいる。娘が生きていたならば、老後の面倒も見てもらう腹積もりもなかったわけではないと思う。切れない思いは、引きずった長さだけ居座りを続けて落ち込みを反芻する。

 煙草の灰を落としに運転席を開けて、中に乗り込んだ。匂いや煙を種田が嫌がるのでドアは開けたままである。

 「申し訳ありません、お忙しいところ、はい、早手さんは、はい、はい、そうですか。何時ごろ戻られますか?はい、そうですかわかりました。いいえ、とんでもないで。ハイでは失礼します」

 「なんだって?」

 「出先に行ったままでまだ戻っていないそうです。帰りの時間もはっきりはわからないそうです」

 「携帯の番号は知らないのか?」

 「ああっと、聞くの忘れました」

 「何してんだ、もう一回かけろ」

 「捜索願を書かれていますよ」そっけなく、冷静に種田が言う。

 「そうか、署に連絡だ。娘の捜索願に携帯番号が書いてある」

 

摩擦係数と荷重4-4

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 受付のもう一人の職員、店長と名のついた札を胸つけた人物がテーブルに置いたノートPC画面に指をさして言った。

 「この方ですね」車の貸出時間は午後4時、借り主は早手美咲と明記されていた。

 借り主の住所に見覚えのある鈴木が声を出した。「あれっ?これって一軒目の被害者の母親ですよね」

 「苗字が一致しただけではないでしょうか」短絡的だと言いげに種田が言う。真実を確かめる熊田が問う。

 「どうなんだ?」熊田と種田は振り返り、腰を浮かせディスプレイを覗きこむ鈴木に注目する。

 「……住所が多分同じです」人からの注目を好まないタイプの鈴木は投げかけられた同意に自信をなくすと慌てて胸ポケットから手帳を取り出してメモしていた早手亜矢子の自宅住所を見やる。「やっぱりそうです、間違いありません」もう一度画面を確かめる。「ええ、被害者の自宅です」

 「母親が送った?」熊田が呟いた。向かいわせの店長は刑事たちの動向を緊張した面持ちで観察していた。

 「たまたま用事があったのでは?」種田がその可能性を否定する。

 「現場近くを数時間前いたことは母親からは聞いているか?」熊田は鈴木に聞く。

 「いいえ、そんな話はしていないです。こちらから聞いないので言わなったのかもしれませんが、もし事件と関係があるのなら僅かな情報も我々に話すはずですよ。母親は何かを隠しているのとか?」

 「母親にそんな素振りはあったか?」刑事には特有の隠し事を見抜く能力が自然と備わっていく。ただし、人の嘘には犯罪から逃れる嘘と知られたくはない個人的な事情を隠す嘘があるのだ。鈴木には娘の死を悲しんでいた母親であるとしか映っていなかった。母親は何か事件とは無関係の隠し事があるのだろうか、鈴木は思う。

 「鈴木、母親に連絡」熊田は鈴木に指示を出すと店長に捜査協力の賛辞を述べる。「ご協力ありがとうございます。再度、別の捜査員が改めて詳細な事情を聞きに来るかもしれませんので、その時もどうかよろしくお願いします」熊田は刑事たちのやり取りに関心と物珍しさで狭い一室を遠巻きに観察する職員へ丁寧に挨拶を述べた。種田はそんな熊田の身の代わりが嫌いである。彼はもっとクールであり、そっけなくそして寡黙だ。世間ずれした上辺だけの態度は似合わない、と思っている。それは自分がそう振る舞いたくはないだけかもしれない。

 途切れていた線が不穏なつながりを呼び寄せて、レンタカー会社の家屋を出ると生ぬるい風圧に体が押されバランスを崩した。再び3人は路肩につけた車に乗り込み場所を移す。鈴木が案内役。

 熊田が信号待ちでタバコに手を付けると、素早く助手席の窓が開けられ種田の渾身の圧力を帯びた視線が放たれる。熊田は、犯してしまった罪を潔くは認めずに行き場のなくなったタバコに伸ばされた手でシフトレバーを掴んだ。

 

摩擦係数と荷重4-3

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 「廊下で今さっき戻ってきた奴から聞いたばかりだ」熊田たち以外にもどうやら動いている捜査員は存在しているようであるが、種田は会ってもいないし、見てもいない。「犯人がレンタカーを借りていたと仮定を立てると、遠くからの来訪となる。現場付近にレンタカーの営業所はない。すると遠方から走行が浮かび上がり、高速の利用も視野に入る。そう読んで、近くのインターで犯行時刻の前後で同じ車の往来を調べたところ、一台の車が引っかかった」高速の利用はそれぞれの目的により下り口周辺の滞在時間は異なる。もちろんほんの数十分でとんぼ返りする可能性もないことはない。一つの可能性として、現場に死体を捨ててすぐさま高速に引き返す一例もありえないわけではない。つまるところ、本部の捜査は手当たり次第に可能性を潰す脈絡もない方針に転換されているようだ。

 「ナンバーが知れているならばどの営業所で借りたかはもうわかっているのですね」ナンバーが知れていれば、あとの行動はレンタカー会社に赴き、車の借り主を聞くだけである。わかりきったことだ。なのに、熊田の話し方はすっきりとしない、なにか不都合でもあるのだろうかと種田は瞬時に推測した。

 「その確認はこれからで、我々が引き継つぐ」

 「手柄だっていうのにおかしいですね」鈴木がまたあくびをかいて言う。

 「銀行強盗。そちらにお呼びがかかったんで急ぐ風でもなく、休憩がてら戻ってきたんだろう」

 「一応担当は僕らですからね、いくら他の捜査員が頑張ったところで直接的な評価は上がらないか」悟った鈴木の発言。

 「雑談はそれぐらいだ、さっさと行こう」

 「……あの、僕もですか?」鈴木が人差し指を自分に向ける。当然だろうと言いたげに熊田はドアに歩きながら一瞬だけ顔を合わせ、まゆを上げて顔で答えた。それに無言で追走する種田。鈴木ははあとため息をついて、疲れの抜けない体に別れを告げて重い腰を上げた。

 本日は熊田の車での移動。目的地は車が借りられたとされるレンタカー会社の営業所である。

 勇壮な作りとは裏腹で、バックヤードは簡易な作り。お客との接見の場以外は極力経費を削減しているようである。警察手帳を見せると、3人は受付横の扉から職員の休憩室に通された。給湯室とロッカーが3畳ほどの空間に詰め込まれている。最近では、薬缶でお湯を沸かすよりも電気ケトルで瞬時にお湯が沸く。その利点を最大限活用する受付の制服姿の女性が入れたコーヒーが折りたたみ式アウトドア用のアルミ製のテーブルに即座に出される。椅子も接地面の少ない丸い形の座面。鈴木だけが種類の違う、パイプ椅子に座っていた。