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重いと外に引っ張られる 1-11

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「あの、ちょっと?」警官が機能停止した種田に心配の声をかけるが熊田がそれを制する。
「構うな、いつものことだ。すぐに帰ってくる」種田はたまにこうして充電が切れたように彼女の時が止まる。過剰放出によるエネルギーの消費を遮断し外部との接続を断絶。結果、音も聞こえず視界も真っ暗闇。急に3次元の異空間に誘われて闇と自分が同化する。これで論理展開に集中。
 鈴木の見解によると種田は必要以上に周囲に対して気をばらまいている。中にはいられないように厳重な門を各所に括りつけ子供の侵入すら許さない強固な外部との隔たりを絶えず構築している。種田は100か0なのだ。空気と燃料の混合比を変えるためのツマミはついていない。開放か遮断のどちらかしかないのだろう。
「二件目の捜査は順調か?」ポケットに手を入れた熊田が背中越しにきく。顔はトンネル内部に向けられていた。
「えっと、勤め先で聴きこみをしてきましたが、人間関係のトラブルもないようでしたし、その付き合っている男性の情報も何一つ聞こえて来ませんでした」
「プライベートなことは話さないタイプなんだろう」
「男はあまり話さない人が多いでしょうが女性は職場の人間にも話すでしょう?友達なんかには自慢を含んで話すんじゃないんですかね」
「男とか女とはもう関係ない。男だってペラペラしゃべる奴はいるだろうし、女でも無口な奴はいる。若い奴こそ男女のそれぞれのレッテルは薄れてきているよ」
「子供ができたら誰かに話したくなると思います。女性なら特に」
「さっきから女の代表みたいには言うな」熊田は眉を上げて横顔だけ鈴木に向ける。
「熊田さんが極端に男よりだからですよ」降参のポーズで肩をすくめる鈴木。
「お前、女の姉妹がいるだろう?」
「なんでわかるんです?」瞬きの回数が飛躍的に上昇。
「女に希望を持っていないからだ。女の表も裏も見知ってきたから感覚的に女の部分もトレースしているんだろう」
「そんな事言われたのは初めてですよ」鈴木が照れと感心の中間辺りの感情を抱いた時に種田が冷凍から解凍。「また止まっていたよ」周囲を確かめている種田にそっと鈴木が教えた。

重いと外に引っ張られる 1-10

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 熊田と種田がサイドミラーに映る。熊田のシビックで待機していた二人が鈴木の車に接近。
「出てこい、仕事だ」窓をこんこんと叩いて鈴木が窓を下げると熊田が低い声で言った。怒っていると初めて会った者は思うがこれが熊田の普通の状態である。
 「鑑識のからの報告を待つんじゃないんですか?」鈴木は窓から首を出して、先ほどの発言との矛盾を指摘する。
「あの死体は女性だそうだ」首を立てにくんくんと振り、熊田は言う。
「……すると、三件目の事件ってことですか?」頷きと死体は女性の言葉で鈴木は飲み込んだ言葉を反芻、閉じていた口が自然とひらく。
「現場も前の二件とそれほど離れていない。被害者は女性だからな。まぁ、模倣犯かもしれん」もしかすると、そうかもしれないという言い方である。
「それで何を調べるんです?周辺の捜索はもう済みましたけど……」
「通報者がいただろう。彼女に見られたくないから調べなかっただけさ」
「やっぱりあの人が犯人だと睨んでいるんですね。僕もそうではないのかと……」
「待て待て、まだ犯人だとは一言も言っていない」
「怪しいって言いそうな口ぶりでしたよ」コーンの端から落としそうなアイスクリームを拾ってあげた程度のほころび。
「さっき、トイレを借りたついでに近くの人に聞いたんだが、この道を使う車はここの住人以外にどれぐらいかとな。すると、車は平日なら一台も通らない時が大半だそうだ。休日でも数台が通過していく程度だと」
 最後に車を洗った日はいつだったかは手のひらの汚れで言うまでもない。
「それ以外の目的があってこの道へ進路を変更した。それも時間がなかったそうだった、遠回りになるかもしれない脇道に入ったのには休憩以外の目的があり、しかも短時間で完了する予定だった」熊田は両手を後ろおしりに当たらリで軽く組んで淡々と可能性を示唆する。鈴木はトンネル用脇の見張りの警官が2名に増えていると熊田越しに見た、おそらくは交代のためだろう。
「彼女は指示されてトンネルを抜けようとしたが叶わなかった。指示されたとして誰からの指示であったのでしょうか?それに、ひどく苛立っていたとの鈴木さんの証言から彼女は見て見ぬふりをしても良かったのではないかとの考えに至ります」種田が道路の中央で円を描くようにぐるぐると歩く。警官も種田の不審な行動を目が行く。「前日からの疲労あるいはあ長距離ドライブで疲れていたのでしょうね、休みたかった理由は。それでも彼女は急いでいた。会社に戻らなくてはならなかった。鈴木さん、彼女は勤め先に連絡を入れたそうですね?」
「ああ、そう、そう。彼女の上司に事件について説明したんだ。出版社に務めているらしいから、入稿とか期限や期日が迫っていたんじゃないかな。待機中もパソコンを開いて何か作業をしてたようだし」種田の歩行速度が落ちて、止まる。首は傾斜し、穴の開いた地面を覗く格好で停止した。

重いと外に引っ張られる 1-9

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「かなり、粘性は高いです。顔や頭、肩に付着していたとすれば歩行時に地面に落下しているはずですが、トンネル内の両側で入り口にはそれらしき痕はみあたりません」早足で奥の出口まで走り、前かがみで下を観察し、入り口の方もまじまじと地面を見ると種田は熊田たちに近づきながら言ったのだった。
 応援の捜査員(ほとんどが鑑識であったが)のが捜査に加わると熊田たちは現場から引いた場所で作業を見守るしかなった。鑑識の神が白髪頭をポリポリとかいてダルそうにワゴン車から降り立つのが見える。周辺の住民がわらわらと制限された区域を覗くように引かれたテープいっぱいまで押し寄せて非日常を生きていた。
 午後3時、鑑識たちが帰っていく。ひと通りの作業は終了したと見ていい。熊田たち捜査員に人手不足よる周辺捜査手伝いの声がかからないのは、おそらく死体は現場で殺されたのではないことを示していた。血痕や遺体の損壊具合、何よりも身に纏う黒い液体が死体の近辺やトンネルで入り口にも落ちていないことからも車などの車両に運ばれてトンネル内に捨てられた。鈴木はそう考えている。最近ではだいぶ日が長くなった。まだ太陽や空が雲で隠れないと暗くはならない。鈴木は車内でタバコを吸っていた。窓を数センチだけ下ろし、鑑識の作業が終わるのを待っているのだった。トンネルへ通じる道路は封鎖されて、トンネル手前の住民にだけ帰宅の度に道を開けていたが、新聞配達の原付が一台だけUターンを余儀なくされトンネル付近の住宅へ配達し元もと来た道を戻ってトンネル向こう側の住宅に回るために国道へ行ったん出てからトンネルに向った。
 通報者の佐田あさ美は引き上げた一部の捜査員と共に署に移り、聴取を受けている。仕事の都合がついたのか、当初のいらだちは消えて素直にこちらの指示に従い態度に変わっていた。
 彼女が犯人である可能性は捨て切れていない。しかし、車の中もトランクからも黒い液体は付着しておらず、念の為に指紋などの採取も鑑識によって行われた。その間も私は関係がないという表情で早く帰るためには警察の申し出に素直に従うのが最善と認識をあらためたのだろう、作業中も離れた場所で逆らうことなく眺めていた。

重いと外に引っ張られる 1-8

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 「そっちの肩を持て。上に上げるぞ」黒い液体が薄れた箇所を持ち仰向けになった死体の肩を鈴木が腰あたりを熊田が持ち、ぐっと地面との空間を開ける。
 死体の背中も体の前面同様に黒く汚れていた。覗きこんで背面からお尻を観察すると、目配せでゆっくりと死体はまた地面に接着。人の体は力が抜けるとこれほど重かったのかと思うのである。
「全体が黒いですね、油のような粘りもある。樹脂にも似ている。でもやはり色は黒ですね。染色や色が移ったとは思えまえせん」
「調べればわかるさ」熊田は呟くように言う。「車の中でPCをいじっているのは誰だ?」鈴木を見ないでいった。
「通報された方です。たまたまここを通りかかって見つけたそうですが、ちょっとおかしくはないですか?」手をドーム状の天井に向けて鈴木は疑問をぶつける。「休憩のためにこの道に入ったと彼女は主張しています。車の走行していた方向からこの道に入るには大きく回り込まないと入れません」
「何が言いたいんだ?」熊田が片目を閉じてきく。
「だからですね、この死体を発見するために道を通った、あるいは通らされた」
「誰にだ?見つけてくれと依頼されたのか?」
「……おそらくは」
「とても抽象的です。それに、論理が飛躍してもいます。何をどうやって感じたのかを当てはめるだけなら経験と情報だけも成立します。まずこれは事件かそれと事故か、自殺かの判断からその先を考えるべきでは?明らかに、他殺であると鈴木さんは思っているようですが」
「だって、どうみたって自分でやったにしては無駄が多すぎる。自殺なら、こうして首なんかをくくるか飛び降りたりしたほうが手っ取り早い。得体のしれない粘液を浴びて死ぬ意味が見出せないよ」鈴木から種田は逆光となり、その表情はみえない。おそらくは、いつものように無表情だろう。
「もしこれが自殺なら、こうやって死にたかったのでしょう。動機に理解を求めるのは無意味です」
「何もわかっていないうちからあれこれと考えると捜査に余計な私情が挟みこんでしまう。現状での想像はこれぐらいにしよう。死因もこの黒い液体の正体もわからいのなら、考えないほうがマシだ。それよりも、この死体が運ばれてきたのか歩いてきたのかだ」