「定期的、習慣的に特定の場所や位置に車をとめて、本人がおおよそいつどのぐらいの時間に再びクルマに乗るのかを調べれば本人に気づかれずに車をいじるれるさ。そうまでして危険を犯す意味があればの話だなが」相田は煙を吐いているのか息を吐いているのか、とにかく白い靄を口から定期的に吐き出す。
「そういう考えもあるか。思いもつきませんでした。僕は自分で車をいじったか、自然と部品が何らかの作用によって摩耗したのかと思っていました。今日は相田さん、頭の回転が早いですね」
「いつも遅いみたいに言うな」鈴木の躰を小突いた時に玄関ドアが開いて死体が運び出された。二人はさっと脇にどけて道をあける。死体の搬送に続いて荷物を抱えた紺色の鑑識が続々とバンに吸い込まれる。玄関先で靴を覆うビニールを外す鑑識の神が二人を呼んだ。
「お疲れ様です」相田が挨拶、それに続いて鈴木も同様に声を出した。
「お疲れだね、本当に。いや歳には勝てない勝てない、特に冬は堪えるね」
「どうです?」相田が聞く。
神はビニールをガザゴソ、くしゃくしゃにたたんで、上着に押しこむ。「形状はなんとも言えんが、おそらくひも状のものだろう。死因は首を絞められたことによる窒息死。周囲に飛散した血痕は、殺した者の演出じゃあないだろうか。鑑識はそこまでの詮索は求められていないからこれはあくまでも個人的な意見だ。それと、他にはいくつか指紋も採取できた。家屋周辺の足跡は、相田のものを除いてはっきりした痕はなかった。これぐらいかな」
「結構立派な家ですけど、他の部屋は調べたんですか?というか、僕だけですか応援の捜査員って」今度は鈴木が相田に聞く。神は二人の間を通って玄関を出てタバコを吸い始めた。バンには荷物が積み込まれて、遺体は既に収容されてた。
「……家の中は調べたが誰も居ないよ」
「帰ってからこの付近の降雪量を調べてみる。相田の証言と死亡推定時刻を合わせると犯人の逃走時刻を絞り込めるだろう。お先に、俺達はこれで帰るから」神を助手席に乗せてバンはひっそりと雪道を引き返していった。
「誰もいなくなりましたけど、いいんですかね。制服警官もいませんよ」タバコを吸い終えた相田に小刻みに体を揺すって体温を稼ぐ鈴木が質問する。普段なら現場に到着しているはず警官は誰ひとり姿を見せていないのだった。
タバコを消しに車に戻ると無線が入った。相田が言う。「雪崩が発生して雪が線路を封鎖したらしい。その交通整理で制服警官は来られないそうだ。これでどっちが優先されたか一目瞭然だろう」
「当面の緊急性はないと判断されたんでしょうか。うーん、人が死んでいるんですよ」鈴木は非情さを訴えた。
「確実性の問題じゃあないのか。電車は対処の仕方が出来上がっているし、復旧とは、つまり電車が動いて運転が再開されることだろう。しかし、殺人は犯人の逮捕だろうけどそもそも殺人であるかどうかも疑わしいんだ。自殺の可能性だってまだ捨て切れていない。最低限の捜査はきっちりと行なっている」タバコを灰皿に押し付けてドアを閉める。相田は鈴木に言う。「心配はない」
「首を絞めらたのは自殺でもあるのか。紐を誰かが持ち去れば証拠は消えるか……」深く考え込んだ鈴木の頭上に、せり出した雪の塊が今にも落ちてきそうな雰囲気であった。
「俺達はこれから何をするんだあ、まったくこれで手がかりがなくなってしまったよ」相田ははっきりとため息の白を空気中に吐き出した。
「熊田さんたちに連絡してみますか?」
「そうするかあ」