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DRIVE OF RAINBOW 7-2

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 相田はその間に、新しいタバコに火をつけた。缶コーヒーはあと二口で飲み終わる量、ここからは一口の量を減らすか。

 口に苦味と仄かな甘味が届く。横なぐりで視界を遮っていた雪はパタリと止んで、空一面には絵の具をぶちまけたような青が広がっていた。窓のレバーを下ろして顔だけを出す。鈴木が風と寒さに耐えて熊田に神から言われた新事実を喋っていた。

 タバコは風の影響でほとんど吸っていないのに灰になる。

 窓を閉めた。

「電話中にいきなり、窓をあけないでくださいよ」

「熊田さんはなんて言ってた?」

「上層部から近況を聞き出せないかって。上の連中はこっちに捜査本部を設置しているわけでもないんだから聞き出そうにも手段がありません」

「お前、情報班に捜査を依頼していなかったか?」

「あああぁ、書き込み犯の追跡ですね。あれっ?相田さんにその話ってしましたっけ?」鈴木が斜めに傾く。

「部長から頼まれたやつだろう?」

「そこまで知っているとは。さては熊田さんがばらしたんですね」

「この部署で秘密なんてあるか。お前が自分で喋っていただろうに」

「そうだったかなあ。ああでも秘密といえば部長そのものがミステリーですよ。今週だって誰も見ていないって」

「あの人は特殊なんだろう。あまり詮索するのは危険かもしれない」

「やっぱり部長はスパイなんですかね?だってそうじゃないと、辻褄があわないですもん」

 相田の視線が鈴木からそれて彼の後方を見つめる。

「なんです?幽霊でも出ましたか?」後ろを振り返る鈴木。「ああ、部長っ。生きてまし、いいやご無事でなりより。そうじゃなくって、珍しいですね。今日はなにかいい事がありそうな予感……」口の動きに任せて鈴木が喋った。

 ブース外、廊下の部長はいつもならば人との関わりを避けて通り過ぎるのがセオリーであるのに、ドアを引き開けた。綺麗に揃えた髪は整髪料でソフトに固めている。グレーのスーツと同色のベストを中に着込んでる。細いフレームの眼鏡の奥でとらえどころのない目が光る。

「鈴木、お前何をぺちゃくちゃ喋っていたんだ?」部長がタバコを取り出して吸い始めた。死んだ人間が蘇り、何事もなくごく普通に生前の生活スタイルを踏襲して眼前に現れた感覚、相田と鈴木の開いた口は塞がらずにパクパク、親鳥からの餌を要求する雛のように開く。

「……おはようございます」相田からやっと出てきた言葉がこれだ。

「お、おはようご、ざいます。本日はお日柄もよく」

「鈴木は結婚式のスピーチのつもりか?」

「部長、あの、今の今までどこで何を?」どさくさに紛れて鈴木が全署員の願いを混乱に乗じて言葉に乗せた。たっぷりと煙を吸って部長が答えた。

「家で寝ていた」

「昨日は?」鈴木がたたみかける。

「外にいたかな?」

「からかってます?」

「いいや、正直に話している。署内にはいなかったからな」

 タバコを消した相田が質問を投げかけた。「部長は単独で捜査を行っているんですか」

「そうだ」口数が少ない、嘘をつかないための手法の一つである。もしかすると、答えられるだけの質問に部長は答える腹積もりなのかもしれない、と相田は思う。