「僕がですか?」
「ああ」
「……わかりました」鈴木は意を決して尋ねた。「日井田さん?」
美弥都は返事をせずに顔だけを向ける。
「事件についておききしたいのですが、よろしいですか?」
「ええ。ちょうど店長も休憩に入ったことですし」
「ありがとうございます」
「そうね、どこまでお話しましたか刑事さん」美弥都はぞっとするような微笑で熊田に尋ねた。
「凶器に結ばれた紐が天井の梁に掛けて抜かれた……」
「天井って結構高いですよね」鈴木は喫茶店の天井を仰ぎ見る。そこにはダウンライトがカウンターのスツールに沿って斜め下方に照準を合わせていた。「でも、天井で引っかかりませんかね。凶器がどのぐらいの長さなのかにもよりますけど、胸に刺さった長さと人間が刺したとして持ち手の部分とを合わせると二十センチぐらいですかね」
「鑑識に事実確認を要請しますか?」種田が携帯を手に熊田に訊いた。
「頼む」
「そう簡単に、凶器が体から抜け落ちてくれますかね。ゆすったりしたんでしょうか」鈴木が美弥都に言う。
「ソファに座っていたことが偶然だとしたら今のような発言は思いつきません。凶器が抜け落ちた体がたまたまソファに座る形となっていた」
鑑識に問い合わせていた種田が電話を切り、熊田を一瞥。
「なんだって?」
「この方がおっしゃられたような天井及び梁には血痕の付着は認められませんでした」種田はどうだと言わんばかりに言葉の最後に美弥都の表情を覗いた。しかし、美弥都は無表情。
「どう思われます、日井田さんの解釈はこれで破綻しました」熊田が率直に相手の考えを切り捨てた。
「……なにかおっしゃいました。ごめんなさい考え事をしていたもので」わざとには思えない、刑事たちは心からのトリップだと感じただろう。
「鑑識は天井も調べていたようですが、血痕はありません」熊田が種田のセリフを繰り返した。
「では、別の方法で抜いたのでしょう」
「ええっ、今さっき言い切ったばかりなのに」わざとらしい鈴木の言い方は真剣さを悟られたくないがための予防線だ。おどけるのは、認められない個性的な人格を隠し持っているから。自分だけに決定権があるのに他人の気まぐれに任せていては願いは成就しない。それを知ってかしらずか鈴木は隣の庭を眺めてばかり。
視線を外す種田はカウンターに肘をついて言った。「その場しのぎ」
「可能性の一つとして申し上げただけであって、不具合が生じれば見合うように変更するだけ。何がいけないのです?私は何の権限も圧力も責任もありません」
「だとすれば、他にどういった場合が考えられますか?」
「殺されてから室内に運ばれた。血は予め抜いていたのを容器からばら撒いた。この気温です。死亡推定時刻も夏場とは違って、屋外に死体がさられていたあるいは低温の状態で運ばれてきたのであれば、多少のズレで処理されます」
「いきあたりばったりな解答」種田がふっと息を吐いた。
「おい、言い過ぎだぞ」鈴木が囁いて種田を注意する。捜査協力の解消を恐れた鈴木は口を手で覆った。
「事実ですから」
「胸部周辺の血痕の乾き具合が床に付着したものとは異なるのではないではないのでしょうか」熊田が平熱の感情で質問した。