コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

再現と熟成4-5

 電車がホームに侵入、ドアが開いて買い物客が吐き出された下りの車内は空いていた。席につき窓からホーム眺める。子供が親に訴えている様子。ベルが鳴ってドアが閉まる。ホームを飛び出た電車は晒されて内側がひりりと痛むようにレールと車輪が摩擦、むき出しの表皮は敏感で同調が容易いようだ。幸いなことに目に入らない限りは平穏でいられる。

 自宅までは極力、目を合わせないように隠れるよう注意して、揺らめくアスファルトの坂道を目標に家路についた。

 夏休みがきっぱりと休暇に別れを告げて、機械的な日常に舞い戻った。長袖を必要とする時期に一度、そしてジャケットを必要をする時期にもう一度コンテンストに応募した。どちらもポディウムには乗れなかったが、名のついた賞は貰えた。

 年が明けて論理が一応の結末をむかえた。学年が上がり、学業は一段落した。恋人にかまけたり、大学生が通過するだろう普通にはまったく興味のない私には随分と周囲に人間は時間に追われているのだと見上げていた、見下ろしていたでも構わない。位置は無意味。見ていることが重要なんだから。講義を受けて板書をノートに転写。マイクのお陰で聞き取れないほどの音量でもこちらに届く頃には子守唄の囁き。経営とは何かを淡々を語る教授は、似たような話を何遍もこうして学生に聞かせたんだろうが、表情が豊かで面白そうであったのが本日の収穫。自らが一番に学生よりも興味を抱いている。リズムが音声に隠れていた。

 講義後、人気のない大学外の公園で講義について春先の外気温に任せて野良猫と桜にまみれて日向ぼっこ。

 月が空の端で申し訳なさそうに仮住い。

 絵の具をこぼした空は、白を欲しがって手持ち無沙汰の快晴みたい。

 写真を撮られた、五メートル先から携帯のカバーが反射でキラリと輝いた。顔は向けてあげない。それぐらいの権利は私にだってある。反対にあいつらの顔を撮ってみようか、いいや体力がもったいない。せっかくの休憩、雑音は車の騒音で十分だ。

 左腕の時計をみる。最近買った時計だ。初めての時計。携帯電話で時間を確認できない場面に何度も遭遇したので買わざるを得なかったといったほうが正しいだろう。私の携帯電話は更に進化を遂げてもう、ほとんどポケットから出る機会を時計に奪われて以来、すっかり顔を見る回数が減った。たまには、触ってあげないといじけてしまうかな。