コンテナガレージ

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お手を拝借、今日はどちらに赴きましょうか?3-4

 彼女の口調がおかしい。彼女の本性にも思えた。ただ、自分がそうさせたことも少なからず認めざるを得ない。おしとやかで、従順、素直で気立てがよく、聞き上手で、仕事を都合にデートの約束は何度も、数え切れないほど、数十回のキャンセルにだって、応じてくれた。最初こそ、甘えたが、いつからか当たり前に平然と何度もみじんも、これっぽっちも彼女の心情を推し量ることは二の次に格下げを僕はどこかで取り決めたんだ。

 時間が迫る、もう店を出ないと。しかし、対面には瞼を下ろす、寝ているような彼女の穏やかなまなざしが行く手を阻む。そっと席を立つ。逃げ出してしまえ、体内で叫んだ、ずるい奴。腰を浮かせる。彼女のソーサーとカップ、スプーンが起立を音で彼女に伝達する。金光は立ち上がり、通路に出た。窓際、メニュー表隣の伝票を手に取る。引いた手がつかまれた。手の甲に冷たい白い細く折れそうでしかし、強靭な押さえつける気迫に篭る。離れない。目が合う。あったように思ったのだ。顔がこちらを的確に捉えている。サングラスをかけた人物のずるがしこい目線では決して射抜けない、意志を与えられない心の目。はふっ、と彼女の息が漏れた。猛獣にかみ殺される時を待つかのような気分が最も近い。金光は凍る。腕時計が目に入る、こんなときにも時間が気になるようだ、と自己分析。

「私と別れられるとは思わないで。私は知ってる、何もかも。あの日の、あなたを、隅、から、隅、ま、で……」語尾は掻き消える、流れ星のように穂を描いた。

 だがしかし、金光は近時の予定を優先してしまう。乾いた微笑を作った。「また、連絡する。だから、今日は解放してくれ。仕事がある、僕は行かなくちゃ」

 手が放たれる。

 手が振られる。

 テーブルを離れ、振り返る、彼女は押さえつけた手で柔らかく揺らした。僕は大急ぎでカウンターに駆け込む、一人を追い越して先に会計を済ませた。申し訳なさは少しも感じない。急いでいるのはこっちのほうだ。小走りで店を出る。キッチンスタジオに向う。彼女の言葉が、離れない。いつから見ていたのだろうか、あの日一日中見張っていたんだろうか、見えないのに。何をしていたっけ、仕事だったように思う。記憶はおぼろげ。

 金光は青に変わった信号を見落とし、スタートに出遅れた。

 昼食に繰り出すサラリーマンたちが正午を回ったことを告げていた。