コンテナガレージ

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お手を拝借、今日はどちらに赴きましょうか?1-4

「いただきます。私も含めてコーヒー党ですので」

「それはよかった。手土産になにか持っていこうと思ったのですが、なにせ一人で店のすべてを行うと時間がなくって」紙の容器にプラスチックの蓋、容器に描かれた家紋のようなマークを際立たせるため、線や柄はなく、赤茶色の容器と黒の紋様一つが目に入った。カウンター越しに彼は小川にも手渡す。

「まだなにか用事?」僕は小川にきいた。対面に立ち尽くして話が始まるを観覧のお客みたいにじっと物語を見つめるのだ。

「えっとうですね、樽前さんが店を始めたきっかけ、コーヒーに目覚めた理由などをできれば聞きたいです、はい」

「仕事が残ってるね」

「……はい、もどります」

 小川が持ち場に移動した。

「遠慮なくコーヒーはいただきます。それで」蓋を取り、中の液面を覗く店主は隣の樽前に尋ねた質問の解答を要求する。「移転というのは?」

「近々、この店の耐震修繕作業が始まるらしく、それに伴ってこちらの店舗は一時休業を余儀なくされる。改修期間の移転先の話し合い、打ち合わせを今日ここで開く、という内容を不動産屋が私に話してですね、話の流れでは、私も無関係ではないとのことだったので、はい、顔を出したのです」

 不動産屋とは店の受け渡しが最後の顔を合わせたっきりだ。しかも、ビルの改修工事は契約の際に今後十年の改修は行わない旨を確かめた覚えがある。改修ともなれば、数ヶ月単位で外観を覆い隠す工事風景をお客に見せることになる、固定客が徐々に確立されつつある二年目にお客をみすみす見逃す工事は断固として拒否するべきだろう、もし樽前が話す内容が事実であるのなら、という話。

 煙を吐いた。浅煎りのコーヒーは口当たりの接触で果実の甘みが顔を出す。

 僕が口を開きかけたとき、もう一人の訪問客が店の敷居をまたいだ。汗を掻く気温でもないのにハンカチで額を拭くその人物はどこか見覚えのある風貌であったが、名前はまた思い出せない、誰だったろうか、店主はいぶかしげに細めて店内に見入る目が顔のすべてあるような、その人物を眺めた。

「いやあ、すいません、どうも遅れてしまいましてね。おうっと、店長さん、これはご無沙汰しております、不動産屋の桂木です」

「単刀直入にお聞きしますが、ここを待ち合わせの場所に指定したのはあなたですか?」