「前を」
「ああ、ごめん。まったく僕に興味がないのは、うーん男としては悲しいね」
「すべての人にちやほやされたいのでしょうか?」種田は仕方なく話をあわせた。普段は確実に無言でやり過ごす、問いかけ。
「そう、言われると口ごもっちゃうな。どうかな、ああんと、やっぱり好みのタイプに言い寄られて欲しいよね、心理としてはそうでしょう?」
「では、大勢の好みのタイプに言い寄られるのは?」
「うっ、なんだか僕の意見を踏み潰そうとしてない?」
「しています」
「はっきりと、まあ」車列の先頭から徐々に停止の波が打ち寄せる、車がひとつ前の車両の数十センチ後方へ速度を落とす。「だけど、大勢の中から選別するのって、いけないことかな。思うにさあ、最初の好みもそれ以外も含めた括りから選ぶのと変わりがないように感じる」
「ええ、ですから、はじめにすべての人に、ということを述べたのです」
「僕の頭が悪いって、遠まわしに言ってる?」
「いいえ。一度促したのだと、事実を伝えたまで。悲観的な側へ鈴木さんは極度に物事を捉える傾向、それはやめたほうがいいです」
鈴木はか細いため息を鼻から息を少量だけ放つ。「いつもながらに、種田の指摘には感服するよ」
「褒め言葉として、捉えます」
「今日はよく喋るね」
「そうでしょうか、必要な対話だからだと思います。不要と判断すれば、私はこの手紙を書いた人物と同じくいつでも黙ってしまえます」
「それは、勘弁して欲しいな。熊田さんもいないことだし」
会話はそれ以降、発展には至らなかった。鈴木の問いかけは何度か試されたものの、種田は顔を向ける、またはまったくの無反応でこれに応じた。実は彼女には沈黙を貫く必要があった。
鈴木の発言に事件との関連性を感じ取っていた。
好みのタイプ、選ばれ、そこから厳選……。何が引っかかったのか、うまく言語化に結びつかない。見落としてる箇所があるようだ、どこだそれは、記憶を探る。ダメ、鮮明であるがゆえに、融通の聞かない1日倍速の映像を事件に初日から流した。国際線の機内さながらであった。
いつからか粒の大きい雨が横殴りで突如として姿を見せる。
ワイパーが二本、最低限の視界をドライバーに与えた。