コンテナガレージ

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本日はご来場、誠にありがとうございました1-5

 僕の店を通り過ぎる。深夜から作業が行われ、日中は音の出る作業を控えて取り掛かるらしい、近隣店舗の兼ね合いがこうした密集区域では至上命題とも言えるし、これを怠ればギスギスした関係性が生まれ、大事に発展しかねない、とまあ、後半は最悪の事態、考えすぎたきらいはあるけれど、現実に起こった場面は過去に見てきた店主である、なので、リスクは事前に回避可能ならば、手を打つべきだろうと、桂木に話しあい、事前に左右、正面、斜向かいに手土産を持って挨拶を繰り出したのが、先週での土曜だった。出店の挨拶を省いたときとは事情が異なるのだから、その辺は僕も大人になったといえるだろうか。かなり遅い大人への第一歩である。

 コーヒーを一口、飲み込む。程よい酸味、長時間掛けて飲むのならば、浅煎り、しかも焙煎から三日から五日ほどのまだローストの香りが残る豆を勧められるがまま、店主は許諾した。香りもほどほど、酸味もフルボディには程遠いものの、時間をかけて味わう人を対象に据えて、もう一口を流し込む。味の変化を、ふり幅を抑えた、インパクトの少ない、悪く言えば物足りない味が狙い目、ということか。うん。店主は、仲通りを北へ進路を取って、コーヒーを片手に頷いた。

 移転先のビルに人気はない。こちらも改装作業は深夜に行われる、と聞いていた。今日は、調理機器の設置の各店舗の代表が立ち会う日である。ご迷惑をかけて申し訳ございません、角を中心に左右に工事の衝立が広がる。建物の内部を実際に目にするのは今日は初であった。連絡は例の腕輪型の端末にかかってくるため、店主はビルの近辺で呼び出されるまで、待つことに決めていた。配送の時間は大まかにしか決まっておらず、事前に知らされた集合時間は午前九時、二時間弱も早い到着は少々張り切りすぎただろうか、店主はしかし、空いた時間も有効利用に変えてしまう。

 歩道と車道を隔てるガードレールに腰をかけた。通行人の動きを景色に溶け込み、店主は植物に姿を変えた。実際、こちらが動くと、はっと通行人が驚いたのは、一人や二人ではなかった。少量ずつ、貴重な砂漠でさまよったときに口を潤すぐらいの感覚でコーヒーを二時間で飲み干した。

 人の動きも活発に、だいぶ日も雲間を飛び出す気分に機嫌が直ったらしい。晴れている、活動的という流れが気分に結びつく。そうであったら、年中雲り空の国は憂鬱とは無縁だろうな。たまの晴れはそれこそ願ってもない天の恵みに思える。

 何を考えているのやら、店主はビルの南、通りを挟んだビルの二階の店が開店したのを目ざとく見つけて、そちらに拠点を移した。さすがに長時間コーヒー一杯で過ごすのは、体に堪えた。