「連れ出せない、の間違いでは?」武本が言う。右半分は角度的にかろうじて見えるが、視線は常に顔と上半身遮るディスプレイに覆われていた。
「少しニュアンスは違います。そうだ、定時の退社時刻は何時でしたか?」
「八時です」
「もう時間ですが、何とかできる限り早く、とは思ってます。皆さんをピックアップし、署で話を聞くのは手間ですし、時間的な無駄に思えて、私はどうもねえ」
「……あなたの好みは聞いてませんが」
「そうでした。ええと、お答えください」熊田は言い切る。「あなたは社長の真島マリさんとお付き合いをされてましたか?」
「……」しばらくキーボードを叩く音と、PCの駆動音、武本の床を打ち付ける音がきこえた。「付き合いはありました。しかし、もう半年も前のことで、最近では会っていません」
「正直に打ち明けていただいて感謝します」
「それだけですか、質問は?」
「お付き合いの有無がききたかったのです」
「変な詮索をされたほうがましですね。泳がせておくつもりなら、効果的な手段だ」
「どのように捉えるかはあなた次第ですよ。それでは私はこれで」
「社ヤエを社長の端末履歴で見かけたことがあります」立ち上がりかけた熊田に呼び止めるよう武本が言った。
「それはお付き合いをされていた時にですか?」
「社内での密会はありませんよ。スリルは、危険を予測できない人物の行為。たんに頭のネジが取れている」
「社さんに確かめてみましょう」
「私から聞き出したと、正直に伝えるつもりでしょうか、刑事さん」
「ええ、もちろん。ですが、あなたへの配慮は万全だと思ってくださるとありがたい。私が悪者で無理やりに聞きだした張本人なのですから、あなたに告げ口の矛先が向かないように、説明は加えます」
「私は、告げ口をされたと、思ってますが」
「捉え方の問題でしょう。また、安藤さんが言われた内容は社員の皆さんが口していた話を耳にした程度の内容把握、具体的な事例や、自らの目で直接目撃したといった、確実性の高い証言ではありません」
「私の告げ口は社長にかなり近い人物が知りうる情報です。安藤君の噂と持ち合わせれば、私にたどり着く」
「考えすぎでは。それにあなた方は付き合いを隠しているのでしたら、どうして隠すのか、隠す事はそれすなわち、何かしらの知られたくはない事態を想定している。しかし、付き合ったのは周囲ではなく、あなた方、二人。困ってしまう、だが、面倒は避けたい、とてもわがままですね。だったら最初から付き合うべきではまったくないと、私は思います。男女の関係に、あれこれといいたくはありませんし、そういった盲目的な状態が恋愛だとも理解している。ただし、リスクがあってこそ、だと私は思います。頭のネジが取れているのでしょう」
「……面白い」武本は堪えきれず笑みを浮かべた。「あなたに任せますよ。まあ、いずれ漏れるのならば、仕方ありません」
「できる限り、社さんにも口外しないことを約束させます」