「意味もなにも、わかっているじゃありませんか。引きつけて、だまし、雰囲気を重視、しかしそれにも飽きて信念を透過、謙虚にそして清くを演出、または振り切って刺激的に、あるいは官能的に、私には一様的ではない姿、形を変えることのすべてが他者の影響を与えることにおいて、あなたが言う内部をえぐる行為と類似する」
「傷の深さは比較になりません。私たちはあえて傷つける。大多数は、お構いなしに表面を細かいブラシでつやが出るまで磨く」
「傷を負わせていることに関しては同罪です」
「何の話ですか、事件のことですよね」
「ええ。武本さんと面識がないとおっしゃいました。社長を待つ十分間、それよりもエレベーターに乗って降りたのですから、もっと短い時間です。何か話されたのではないのでしょうか」
「……なにも特別な事は、世間話ですよ」
「それが聞きたいのです」
「はあ。なんでしたかね……、自転車のことですよ」
「自転車」
「僕が自転車に乗ってるところを見たんですって、あれはもしかして君じゃないのかって」
「顔を直接見て、判断したのですか、あなたと?」
「着ている服が、暗い道でもライトに反射するように明るめの色を選んで、今日の緑は室内ではそうでもありませんけど、暗がりの街頭とかヘッドライトでは光るような素材でできているんですよ。通勤で自転車を使ってるので、私を行き帰りで見かけたんだと思いますね」
「帰りということはありません。あなたは会社に残った作業が大半で、方や武本さんは二つの案件を抱えながら、ほぼ定時には帰られるそうですから」安藤の仕事振りに確証はなかった。武本との会話の矛盾を突けたら、という淡い期待であった。ただ、偶然にも安藤は口をつぐんだ。安藤の矛盾点を付いたのだ。しかし、彼の表情に変化はみられない。 たわいもない会話に整合性を見出すべきではない、あくまでも間を埋め本心を引き出すための時間つぶしに過ぎないのだから。
熊田はおもむろに立ち上がって静まった場を離脱。安藤を取り残し、コーヒーのカップを手に持って、フロアを後にした。熊田は武本へ安藤の言葉の裏を取りに向かう。