コンテナガレージ

仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 4

 息せき切った、何年ぶりに切れた息だろう、これが快感に思えるランナーは死と寄り添う機会を望んでいるのだ。
 フロントの係員の手を引っ張る、同行を強要する。走りながらエレベーターに乗り込み事情を話し、了承を得る。ときん、鼓動が打つ。
 神を信じたのは初めて、祈りをささげる、すがるとは想像もよらない、いや棲みついてはいたか、飼いならしていたんだろう、他人事。
 したたか石の扉を打ちつけた、骨が折れてなければと願う、それはもろもろの事態を把握して取り組む。 
 過ぎれ、急げ、早まれ!時間に罵声を浴びせた、初めてだ、いつも時間はゆっくり流れて一日を長く、とせがむのに。
 胸と背中が擦り切れる、開けきる前に体をねじ込む、待っていろ、今駆けつける、もうすぐだから、がんばるのだ、私の子だろう?私を見てきたのだろう、しっかりしろ、息を吸え、まぶたを開けろ、声を出せ、私を呼べ。
 体が連れて行かれる、空に天窓に石の筒へ、幻覚か、視力2.0は未だ健在、見くびるなよ。表に回れ、係員を使役、移動中にほかの係員に連絡、表に出るように、足音が遠ざかる。
 今一歩で足を掴み損ねた、靴が視界をふさぐ、行かせない、連れて行ってはならない、代わりなら私をやる、もっていけ、自己犠牲などと甘っちょろい信念だと思うな、世界より現実より生活より私より何もかも瑣末よりも優先順位は決まっているではないか、言わせてなんになる、利得があるとでも言うのか、ようし、いいだろう、造作もない、私だ、私が母親さ。
「海里ー!」抉れるほど下っ腹をへこませた、両手を口元に添えたお手製の拡声器を作った、制限を取っ払う、彼女の倍は先へ届くよう声を張った、あの子は私だ。生まれて私は代わりに死んだのさ、朧気な光景に輪郭が宿り、配色が定まり……漸く腑に落ちたよ。
 振り向いたような気がした。屈託のない笑みがこぼれたと思う。光と呼応、交わり、それは窓に消えた。
 靴ははじめに足元に落ちていたのかもしれない、信憑性に欠ける、証言は不安定な私が捉えたのだからな。
 声。
 空耳だろう。姿をくらましたのだ、聞こえるといえば幻聴、過去の音を脳がこれ見よがしに口元を抑えて再生ボタンの二等辺三角を押す。 
 呼ばれる、呼ばれたのさ、心境をさらす、内部が痙攣、水分が不足する、嗚咽がまぎれた、膝をついた、後悔に駆られた、靴を抱きしめた、それは小さく青く、水の玉が涙滴を隠してくれた。声が聞こえる、とても近くで私を声は呼んでいた。