コンテナガレージ

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がちがち、バラバラ 6-4

「残念だけれど、あなたの指名の多くは少なくとも憧れが土台なのよ、あなたは気がつかないかもしれないけど、カットされるお客の顔を輝いた瞳をあなたは見ていないのでしょうね」もう一人の従業員の女性が出勤。男の視線が仕儀の背後の動きを感知して仕儀へ戻されたのとドアの開く音それに現時刻を考慮して、仕儀は従業員が出勤したのだと察知する。
「なにがあったの?」女性は見習いに小声できいた。
「いつもの服装、店長、カンカン」そういった内容を見習いはジェスチャーで表現した。鏡に映った姿を横目で仕儀は見つつ、鋭い視線を男に送りつける。
「店長は僕に指名のために毎回服を代えて、出勤しろというんですか?」
「いいえ、違います」
「まったく、またはぐらかすんだ」男の片足が床を踏む。ステップを刻んでいるみたいに。「いつも自分で答えを導き出せって、だから朝帰りであっても仕事には迷惑をかけないようにこうして新調した下着をわざわざかばんに詰めてんですよ」
「同じ服でもいいのよ」
「はい?今さっき同じ服はダメだといいましたよね」
「ええ。だから、あらかじめロッカーに服を揃えておく。それを着れば朝帰りは許可するわ。しかし、毎回その用意する服は別のものに代えて欲しい。上下の組み合わせが同じだと悟られる恐れがある。熱狂的なファンというのは服装ひとつ取っても克明に覚えていますから。それと必ず服はクリーニングに出したものでなくてはいけないことも加えましょう。おきっぱなしだと匂いがついちゃうから」
「横暴です」急所を突かれたのか、反論の姿勢は見えない。音量も小さい。
「わかっていますそれぐらいは。ですが、あなただけが条件を提示して、こちらだけが受け入れるのはフェアではない」
「今日で決着がつきそう」女性従業員が固唾を呑んで見守る。
「わかりましたよ……」降参の合図、男は肩まで両手を挙げた。「めんどうだなぁ」
「そう、良かった。あれ、そこにいたんだ」存在を把握していた女性従業員に仕儀はわざとらしく言った。
「おはようございます」興味をそそる話題に彼女はいつも食いつく。目が獲物を視界に捕らえている。「あのう、いつものですか?」
「聞いてたんだろう、蒸し返すなって。ほうら早く急げ、もう時間だ」男は女性を半ば強引に引っ張る。
「店長、後ほど詳しいことを聞きますね。忘れないように」奥からかすかな声が店内にまで届く。

がちがち、バラバラ 6-3

 鏡越しに出勤してきた従業員へ挨拶。店に戻り、今日の予約をチェックする。若手の見習いが表を掃き終え、戻りしなわざとらしく声を上げた。
「なに、どうしたの?」仕儀は受付の予約画面を見つめたまま言う。若手の見習いは男で、バレリーナのように首が長い。
「店長に話すのを忘れてました。警察が来てましたよ」
「そう、それでなにかいってた?」
「いいえ、いないなら出直すって。出勤時間を伝えたんで、もうすこしで来ますよ」
「やけに断定的ね」仕儀はペットボトルの水を飲む。
「怖いぐらいの迫力で聞かれたら、それはねえ、誰だって緊急事態だって感じ取れます」得意そうに見習いは胸をそらせた。ジャケットを脱いだ従業員が休憩室から店内に入るなり、よく通る声で言った。
「また、通りで事件が起きたんですよ」
 仕儀は振り返る。「嘘でしょう!?」
「ケータリングをはじめた店の前に進入禁止のテープ、貼られてました。もしかして、店の誰かが犯人だったりして、見つかりそうになったからほかの店員も殺したとかね」
「想像は自由だけど、昨日のお弁当おいしかったじゃない。よくもまあ犯人扱いができるわね。信じられない」息巻いて仕儀は従業員の節操のなさを痛烈に批判した。
「誇張した表現じゃないですか、そんなに怒らなくて、なあ見習い君」従業員は二人の意見に板ばさみに合いどちらにつこうか瞬間の判断に困っている。仕儀はすかさず助け舟を出した。
「応えなくてもいい。それに、何度も忠告したはずよ、昨日と同じ服は着ないでって」従業員の男は、赤黒のチェックのボタンダウンにくすんだ緑色のミリタリー風のパンツ、それに黒のハイカット靴。悪びれる様子は一切男から感じられない、それどころか毎回同じフレーズで反論するのだ。
「下着はきちんと換えてます。昨日は汗もかいてません、匂いだってほら、柔軟材の匂いしかしないでしょう。昨日来たお客が万が一、今日もやってくるなんてことはこれまでありましたか。予約だってさっき見ましたけど、新規お客さんです」
「休憩や店の前を通り過ぎたとき、昨日のお客に見られる心配は考えていないの?」
「ここでは何を売っているんです?サービスでしょう?僕たちの服装じゃない」
「あなたのお客はあなたのすべてを選んでうちの店を選んでくれているのよ」
「ホストクラブやアイドルじゃあるまいし。僕に恋愛感情を抱くお客が仮にいたとしても、朝帰りの昨日と同じ服だからどうだというんです?」

がちがち、バラバラ 6-2

 だんだんと着せられていった。それを私は甘んじて受け入れ、私を殺した。あの少女はたぶん許された。赴くままに自我を押し通した。目立ちすぎたから標的にされたのでは。一瞬、「自業自得」、内なる声が奥底から届いた。流行の服を着ていた彼女は見せたい衝動に駆られて、奇抜さがさらに度を越えた。着ている時は見ることなんてできないのに。
 停車駅で人が乗り込む。朝は大抵この駅が混雑のピーク。次の駅は中心部。隣の少女は端末をかばんについた専用のポケットにしまった。制服は私のように服に無頓着な人間に適した制度だ。独立前に勤めていた店では白いシャツに黒のパンツ制服が支給された。その名残で今でも白いシャツはよく着ている。昨日も着ていた。
 駅に到着、改札を抜ける。少女は乗り換えるらしく、改札を横切った。小さな背中にバイバイと無声で挨拶。地下街の店舗はやっとちらほらシャッターが開きはじめた。宝くじ売り場を曲がり、傾斜のきつい階段を上る。上から人が降りてきた。体を端に寄せてやり過ごし。どこかで見た顔だ。足を止めて降り返る、私の直後に人が歩いて、怪訝な顔をされた。その人を先に上らせ、下を見るが、見覚えのある人の姿はなく、ドアが余韻に浸るように静かに持ち場に戻っていた。誰だったか思い出せない……、喉まで出掛かっているのに。
 高すぎる空は高層ビルの隙間からこれでもかというぐらい青い。晴天。雲ひとつない。いつもなら真っ先に店に向かう足がスクランブル交差点に向いて渡りきる人々の行く末を一回、見守った。大きく胸を膨らませる仕儀は深呼吸で気持ちを切り替えて店にようやく向かった。切り替えるならばつねにスイッチを切らなければいいのだ。わかってる。それが最も疲れずに仕事をこなせる方法。
 店に入ると、もう従業員、一番下見習いの子が床を掃除していた。荷物をロッカーにしまい、鋏の切れ味を確認、手入れは営業後、店を出る前に行う習慣で、朝は見落としのチェックだけにしていた仕儀である。直前に慌てたくない彼女は、約束の五分前には必ず到着しているタイプ。ロッカーの鏡で顔を見つめる。化粧をあまり施さない仕儀は同年代を下回る肌質、お客からも褒められることもしばしばだ。しかしそれは、子供をもうけていないからだとの意見も遠回しに、自由な独身生活をうらやむ発言で指摘するお客がほとんどだろう。腹が立つ時期はとっくに過ぎた。結婚が出産に結びついた現象と解釈すれば、理にかなった埋め込まれたシステムと解釈もできる。選択肢を私が選ばなかっただけのことで、なんら世間的な体裁を気にしなければ、あせって不釣合いな相手との共同生活に踏み切らなくてもいいのだ。髪形を整える。前髪はいつも決まって、真ん中から左右に流す。

がちがち、バラバラ 6-1

 通勤の地下鉄。夏でも朝でも晴れでも地下鉄の明かりは後発の路線では深部のホームに近づくにつれてその威力をまざまざと見せ付ける。運良く席に座れた。仕儀真佐子は隣にちょこんと座る制服姿の少女を盗み見た。彼女は、端末を操作、画面はパズルゲームのようだ。事件の被害者が平日の昼間、あの通りで何をしていたか、動きを追ってみたが、少女を経験しているとはいえ、隣の少女のように地下鉄や電車での通学ではなく、ありきたりな最寄りの小学校に徒歩で通っていた。その時点で感覚がかけ離れてしまってる。騒がしい中心街へ昔の私は一人では行けないはずだ。
 長時間の覗きに、少女が画面を手で隠した。大人気ない自分を恥じて、首をすくめる。前に立つスーツの男がにやりと口元を緩ませた。仕儀は公共のマナーを逸脱してしまった自分を殺すように、別のことを考え始めた。少女がなぜあの場所にいたのか。学校は休校、平日であるか、開校記念日か病欠で休んでいたかだろう。あるいは、病院に通った後、遅れて登校するつもりだった。犯人が連れてきた可能性がやはりもっとも有力な説。ただ、防犯カメラはそこらじゅうに仕掛けられていそうなものだ。確認はしてないので、断定はできないけど、プライバシー保護の観点を特集した番組でS市内の繁華街に設置されたカメラの台数を専門家と歩きながら数えていた。さらに、店の防犯カメラも合わせると少女の死亡時刻を丹念に遡れば、映像の入手はたやすい。時間にして二日。どれだけの人員が投入されているかは知れない。でも、現場が映る映像には真っ先に取り掛かるだろうし、手がかかりのあるなしは把握しているだろう。けれど、それだと聞き込みに来た刑事の行動が気に掛かる。彼らは犯人を特定できていない、そんな聞き方であった。とくに少女について詳しく聞いていたと記憶する。わからない。仕儀は首を鳴らす。仕事柄、指先の疲労から腕と肩と首が極度に固まるのだった。仕事が終われば自宅では日課のストレッチで滞った血液の循環を促してiる。けれども、歳のためか筋肉の張りは、ぬぐえない。腕は男みたいに逞しくなってしまった。だから今日も、二の腕が隠れる胸の大きな女性が着るような上半身に余裕を持たせた服を着用していた。私はあまりファッションには関心がない。お客さんと接する機会が設けられているために、何とか季節ごとに服を買い揃え、清潔さと着まわしに力を入れているが、私という人間は、母に洋服を作ってもらいそれを着ていたため、服への執着心がまったく湧かない。着たい衣服の要望に母が応え、私は満足したのだろう。そう分析してる。ブランドにも興味はない。私にとって高額な商品はブランドではなく、数シーズンの着用を見込んだスタンダードさ、それと縫製や素材を見て決める。そういった商品にはあまりデザイン性が反映されないので、流行り廃りがなく、通年でも着られる。服はクローゼットに収まる枚数で増減を調節する。買いたい衝動に駆られる心理は働かないらしい。あの少女の奇抜さは抑圧のない環境で育ったはず。私もそうではないか?本当か?最初に立ち返る。最初、初めはそう、浴衣だったと思う。夏祭りでいとこが着ていたから私もと、せがんだのがきっかけ。それからはどうだっただろうか。古い記憶、錆びついた鉄扉を開く。私だ、ひざを抱えている。まだ、柔軟な私の背中。ほっそりとした体型。何かを覗いてる。回り込む。雑誌だ。ティーン誌。カラフルな色合い、フリルの多用、読めない英字プリント。思い出した、私が着たかったのは、こんな服だった。そう、頼んだのだこの服を。でも、作ってくれたのは母のお眼鏡にかなう衣装だけ。その第一号は浴衣だった。