コンテナガレージ

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がちがち、バラバラ 6-1

 通勤の地下鉄。夏でも朝でも晴れでも地下鉄の明かりは後発の路線では深部のホームに近づくにつれてその威力をまざまざと見せ付ける。運良く席に座れた。仕儀真佐子は隣にちょこんと座る制服姿の少女を盗み見た。彼女は、端末を操作、画面はパズルゲームのようだ。事件の被害者が平日の昼間、あの通りで何をしていたか、動きを追ってみたが、少女を経験しているとはいえ、隣の少女のように地下鉄や電車での通学ではなく、ありきたりな最寄りの小学校に徒歩で通っていた。その時点で感覚がかけ離れてしまってる。騒がしい中心街へ昔の私は一人では行けないはずだ。
 長時間の覗きに、少女が画面を手で隠した。大人気ない自分を恥じて、首をすくめる。前に立つスーツの男がにやりと口元を緩ませた。仕儀は公共のマナーを逸脱してしまった自分を殺すように、別のことを考え始めた。少女がなぜあの場所にいたのか。学校は休校、平日であるか、開校記念日か病欠で休んでいたかだろう。あるいは、病院に通った後、遅れて登校するつもりだった。犯人が連れてきた可能性がやはりもっとも有力な説。ただ、防犯カメラはそこらじゅうに仕掛けられていそうなものだ。確認はしてないので、断定はできないけど、プライバシー保護の観点を特集した番組でS市内の繁華街に設置されたカメラの台数を専門家と歩きながら数えていた。さらに、店の防犯カメラも合わせると少女の死亡時刻を丹念に遡れば、映像の入手はたやすい。時間にして二日。どれだけの人員が投入されているかは知れない。でも、現場が映る映像には真っ先に取り掛かるだろうし、手がかかりのあるなしは把握しているだろう。けれど、それだと聞き込みに来た刑事の行動が気に掛かる。彼らは犯人を特定できていない、そんな聞き方であった。とくに少女について詳しく聞いていたと記憶する。わからない。仕儀は首を鳴らす。仕事柄、指先の疲労から腕と肩と首が極度に固まるのだった。仕事が終われば自宅では日課のストレッチで滞った血液の循環を促してiる。けれども、歳のためか筋肉の張りは、ぬぐえない。腕は男みたいに逞しくなってしまった。だから今日も、二の腕が隠れる胸の大きな女性が着るような上半身に余裕を持たせた服を着用していた。私はあまりファッションには関心がない。お客さんと接する機会が設けられているために、何とか季節ごとに服を買い揃え、清潔さと着まわしに力を入れているが、私という人間は、母に洋服を作ってもらいそれを着ていたため、服への執着心がまったく湧かない。着たい衣服の要望に母が応え、私は満足したのだろう。そう分析してる。ブランドにも興味はない。私にとって高額な商品はブランドではなく、数シーズンの着用を見込んだスタンダードさ、それと縫製や素材を見て決める。そういった商品にはあまりデザイン性が反映されないので、流行り廃りがなく、通年でも着られる。服はクローゼットに収まる枚数で増減を調節する。買いたい衝動に駆られる心理は働かないらしい。あの少女の奇抜さは抑圧のない環境で育ったはず。私もそうではないか?本当か?最初に立ち返る。最初、初めはそう、浴衣だったと思う。夏祭りでいとこが着ていたから私もと、せがんだのがきっかけ。それからはどうだっただろうか。古い記憶、錆びついた鉄扉を開く。私だ、ひざを抱えている。まだ、柔軟な私の背中。ほっそりとした体型。何かを覗いてる。回り込む。雑誌だ。ティーン誌。カラフルな色合い、フリルの多用、読めない英字プリント。思い出した、私が着たかったのは、こんな服だった。そう、頼んだのだこの服を。でも、作ってくれたのは母のお眼鏡にかなう衣装だけ。その第一号は浴衣だった。