コンテナガレージ

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重いと外に引っ張られる 2-1

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 銀行内を監視する映像のチェックが終わり次第、通常業務に戻れとのお達しが下り、銀行内の証拠採取の終了とともに相田も署に帰ることにした。抱えている事件もなく、現在は要するに暇である。車の運転も事件を抱えている時はずっと頭の隅から仕事が離れずにいるが、久しぶりの快適なドライブでなんとも優雅な午後のひとときを過ごしていた。
 O署内、二階の一室。デスクには誰もいない、もちろん例の事件の捜査ためだろう。熊田と種田、それに鈴木が捜査担当者である。相田といえば、非常時のための出動要員としてフリーの状態を維持させられていた。事件なら事件用の緊張感を維持可能なのであるが、何度も切れてしまう緊張下では仕事にもやる気が起きなくなる。ぐったりと椅子に座り込んでしまると、うとうと眠気が襲ってきて、そのまま気を失った。
 ドアの開閉音で目が覚める。あたりを見回して腕時計で時間を確かめると20分が経過していた。何気なく、窓に目をやると窓際のデスクに部長が座っている。
「部長!」相田の目が一気に冷める、まん丸と目が見開いていた。
「疲れているようだな」禁煙の室内でタバコに火をつける部長。相田が驚くには訳があるのだ。部長はその肩書きこそこの部屋で一番上の役職なのだが、いかんせん仕事をしないのだ。それに加えて、無断欠勤あるいはまともに署にも出勤してこないのである。レアな存在として、女性警官からは部長を見るといいことがあると幸運の神様のように言われている。民間の会社であったらなら即座に首になっているのだが部長は平然として、しかもそれなり威厳も持ち合わせているから、妙なのだ。
「部長の扱いはもうほとんど幽霊と同じ扱いですよ、見た奴は見た見たって言います」
「幽霊に足がないのは地についていないつまり地上のものではないとの意味だろうか」部長は一人呟く。
「そんなことよりも、今までどこで何をしてたんです?」
「俺がいなくて問題でも起きたのか?」

重いと外に引っ張られる 1-14

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「なにか、わかりましたか?」彼女に雑談のための余裕はないらしい。常に仕事を絡めた発言しかないのだ。
「車に乗っていないのは確かだ」鈴木は二重玄関の引き戸を閉めて熊田のもとに駆け寄る。「この車も今日は使っていません。それに、残り五軒の家の車もトンネルを抜けたりはしないと言っていました」
「あの古ぼけた建物はなんだ?」熊田は顎をしゃくって女性が応対した家の斜向かい、灰色の建物をさす。
「誰も住んでいないって話ですよ。ちょっと待って下さいね」道路を横断して建物の敷地に足を踏み入れ、ベニヤ板で封された玄関に小走りで駆けよる。「アパートです。ええっと、海凪荘と書いてあります」剥がれたタイルに微かに残る文字を鈴木は屈んで読み取った。
 トンネルから国道までは約300メートルの距離。国道と合流場所に行き着くには最後に急勾配の坂を登る。左車線の合流にも困難であるのは、ちょうどカーブした曲線の最大半径の直後に道が繋がり、しかも国道に対して道路は斜めでなくほぼ垂直に接続しているから厄介なのだ。カーブで車速が落ちているとはいえ、グリップの大半をコーナーの曲がるためにつかい、かつ予告もなくひらけた視界に合流する車が飛び込んでくる。大型車や小回りの効かないワゴン車はトンネル車高制限も加味してやはりこの道を通りはしないだろう。
 国道との合流地点に移動した熊田にはそのように頭に考えが浮かんだ。
「何か思いついたのかな?」鈴木が種田に投げかけてみるが彼女からの反応なかった。本当は車がこの道に侵入してこない。トンネルの前後にテープは貼られているが、国道との接続部は現在、車の走行を許可している。「聞いている?」
「すべての質問にこたえなくてはいけませんか?」反対に質問で返された。
「いや、そうとは言い切れないけど、普通は返事ぐらいするだろう。だって、それだったらいないのと同じじゃないか」
「また普通とおっしゃいましたね。何度も言いますが」
「分かった、分かった、僕と君とでは普通の基準が違うっていうんだろう。はいはい、ごめんなさい」
「熊田さん戻ってきますね」タバコを口に咥えて熊田が坂を降りてくる。海風が夕刻を過ぎると一段と際立ってくるようで風自体も若干強まった感じを受ける。
「……熊田さん?」焦点の合わない目で何かを見ている。鈴木は熊田の変化を感じて余所余所しく聞いてしまう。
「鑑識が帰ってからそろそろ一時間か、あと一時間でおおよその情報はもたらされるだろう……」大きく煙を吐いて灰皿に押し付けた。「署に戻るぞ」熊田の言葉で3人は駐車した車にそれぞれ乗り込み、クラクションで見張りの警官に挨拶をして帰っていった。

重いと外に引っ張られる 1-13

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「……」熊田はタバコを取るだけなのに嫌に手間取っている。ドアを開けて腰をかがめていた時間が長すぎた。怪しい行動は続き、ドアを閉めると車のロックもかけた。鈴木は捜査の途中で駐車された警察の車両を盗んだ事例など聞いたことがない。まして、この人気のない道路である。通行人も歩いてはいないのだから、それほど慎重にならなくてもと思う。
 3人は遺体が寝かされていた場所を避けて先へ進んだ。トンネル出口は、入り口と特に変化、違いは見られない。ざっと周囲を見回して、やはり伸びた草と民家と空だけは多少赤みを帯びてきたようにも見える。こちら側から国道へ続く道に民家が五軒と市営住宅のような年季の入ったマンションとは言いがたい建物が一棟。あとは、以前工場だったであろう跡地に更地。民家の一軒に軽自動車が一台、止まっていたのでその家で話を聞くことにした。車があるのだから在宅はしているだろうという算段である。先頭を歩いていた鈴木が聞込み。民家からは若い女性が応対した。鈴木は多少驚いた、野次馬はすべて年配の女性だったからであり、午後のこの時間帯に若い女性が家にいることが想像したがったからである。眠そうに受け答え、風邪のような声で療養中なのだと理解する。今日、車を使用したかとの質問には、使いはしたがトンネルは通っていない、それにこのあたりには乗用車しか止まっていないし、まず近隣住民がトンネルを抜けて国道に出ることはしないとの回答であった。斜め向かいに建物についても聞いたが現在は使われていないアパートだそうで、取り壊し費用を出し渋っての現状である。もういいですか、と眠そうにダルそうに最後に言い渡しこちらの返答前に彼女の表情とこちらの続かない表情をみて女性はドアを閉めた。鍵を締める音もかすかに聞こえた。
 熊田の手は駐車場に止められた軽自動車のボンネットを触る。
 冷えている。車の不使用は本当らしい。
 タバコに火をつける。種田からの指摘。携帯の灰皿を彼女に見せる。おそらくは、刑事として灰皿のない場所で喫煙は模範となる警察として云々とのいつもの恫喝に匹敵する威嚇である。全く、と思う反面に規律の遵守は種田のおかげでもある。刑事だから全ての規範を守れるかといえばそうではないと思う熊田であるから、多少の無作法は顕在されるのだ。それが細かな市民からは、苦情として署に届き、回りまわって上司からのお叱りで判明していたが、種田と組むようになってから、そのお叱りも激減していた。一定の距離を保って立つ種田をちらりと盗み見た。

重いと外に引っ張られる 1-12

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「……そうですか。この場に残ってたのは別のアプローチから現場と事件を確認するためです」細めた目を熊田にぶつける。解凍直後は一段と機械的な話し方である。
「事件じゃないっていうのかい?」
「いいえ。事件ですがすでに私達が接見した事象はもしかした見せられた景色であった可能性が示唆されます」
「そうだ。我々が現場に到着するまでには約30分の時間が存在していた。まずは遺体を発見した彼女が通報、続いて制服警官の到着、次に鈴木と我々、最後に本部からの鑑識」
「いつもと変わりないですよ。むしろいつもよりは私達の到着が早かったくらいですから」
「……遺体はいつ放置されたのでしょうか。現場には争った形跡も見当たりませんでしたし、銃や刃物、鈍器による出血も皮膚表面
 黒い液体のために確認できていません。そうすると、殺され方としては絞殺や窒息などの方法が浮上します。が、それは鑑識の役目ですからここでもう一度しかも死体のない現場に居座るのは、何か目標となるこの事件への引き綱を握り締めているからでしょう」腰に手を当て今度は嘘を問い詰める母親の態度で種田の威圧が高まる。しかし、熊田はそれをふわりと風に流してしまい、呼びかけられた名前に答えるようそっぽを向いた側面をキリッと種田に正す。種田の口ぶりは、まるで大学教授が悦に入りながらも先人たちの考えや思考、それに至るプロセスを講釈するさま、そのものである。
 差し出された手によって熊田が答える。どこかの舞台上で展開される演劇の一幕。「……この道は一通ではない。それにこのトンネル、高さの制限がある。ざっとみても3メートル弱ぐらいだろう。一般的な乗用車ならなんの不自由もないだろうが、ワゴン車から先は不通過となると、近隣民家が所有する車の高さを見ればどの程度の時間からこのトンネルが通行されていないかに最大値がわかる。つまり、平日の早朝の新聞配達と郵便配達のバイクの通過時間から通報までの時がぽっかりと空く。住民かその間に車を使用していなと仮定してだ」
「トイレを借りた時に民家の所有状況も尋ねていたのですか?」
「……ああ、一軒で聞ければ芋づる式に近所の車の大きさや所有の有無も教えてくれたよ。おしゃべりなご婦人はこんな時には役に立つよ」微笑を浮かべて熊田が続ける。「いま立っているトンネルのこちら側には早朝から通報までにトンネルを通過した車はないそうだ」
「じゃあ次は向こう側ですね」
「そうだ。ちょっと待て、タバコを忘れた」熊田は急ぐ様子もなく、サイドボードに入れたタバコとライター取りに行く。「完全に中毒ですね」種田の冷たい視線が注がれる。