新雪の降り積もる、狭まった国道を、やっとのことで乗りなれた新車のシートに収まり熊田はO署に向かう。マンションの駐車場から車道に出る。一晩で降り積もったルーフの雪を下ろすのにコーヒーで温まった躰が冷えてしまい、車に乗り込んでも当然のごとく車内は冷気に満ち溢れ、署に到着するほんの数分前にやっと温かさ感じていたため、署の駐車場から玄関までに躰は横殴りの風雪に晒され、結局冷たさが勝り、残った。午前中、この年代物の建物の薄暗さは、等間隔で電気の消えた照明による効果と窓の少なさに起因する。コートの雪を払って階段を上り二階の階段に一番近いドアを開けた。
「おはようございます」相田が缶コーヒーを手に挨拶をする。相田はこの部署の一員で熊田の部下である。熊田の上にも一人、部長という幽霊のようなほとんど名前だけの人物が在籍しているのだが、いかんせんめったに姿を見せないことで有名で部長に会えれば良いことがあるなどと噂される、非常にレアな存在である。
「おはよう」熊田は椅子を引いて背もたれにコートを掛ける。「種田はまだか?」種田も熊田の部下で相田の後輩である。彼女には珍しく時間通りに出社していないらしい。だが出勤時刻まではあと五分が残されているので正確には、遅刻ではない、と熊田が判断を改めた。
勢い良くドアが開閉されると種田が息を切らせて登場した。真っ白な雪をかぶった頭は、屋根から落ちた雪を運悪く頭が支えている、それぐらいに大量の雪である。熊田は窓を見て雪の降り方を確かめた。
「おはようございます」体を震わせ、濡れた動物のごとく雪を払う種田である。
「遭難でもしたのかよ」相田が口に含んだコーヒーを吐き出さずかろうじて飲み込み、揶揄した。
「でも?遭難もしていませんしその他の可能性も一切ありません。できれば、遭難以外の状態をご教授願いますでしょうか?」前髪の隙間、冷えた瞳が相田をみつめる。
「いや、そのう、言い過ぎました」分が悪いと察して相田が即座に謝罪。
「遅れていませんから」種田は熊田に伝える。
「改めて言う必要はないよ。電車が止まっていたのだろう?」彼女は電車通勤だ。最寄り駅から署までは徒歩で約十分の距離にある。
「はい。しかし、遅刻の理由にはなりませんから。前日あるいは出掛けに天気予報を調べておけば対応できたはずです」
「厳しいねえ」相田は言った途端に種田の殺意がこもった視線が飛来したため雪を見る振りで窓に顔を向けた。すると、思いだしたようなわざとらしい仕草で熊田に尋ねる。「そういえば、鈴木、先週から見てないですけど、別件ですかね?」鈴木も熊田の部下で種田の先輩、相田の後輩にあたる。
「前の事件。自動車会社Mのサイトへの予告書き込みを引き続き捜査してもらっているんだ。まあ、特に急ぐこともないのだからこの中の誰かが手伝うという選択もないこともない」