「写真スタジオですね」種田は言う。
「同業者なら事情を知っていてもおかしくないだろう、仕事がかぶっているし、もちろん、仕事場も近い。情報交換をしていたかもしれない」
「先に空港や駅を調べないのは、そちらへ人員を割くには二人ではまったくもって捜査の範囲が広すぎる。妥当な選択です」
「あのさあ、一応僕は種田の先輩。もうちょっと、こっちの顔を立ててもらわないと」鈴木は改善を本心で求めてはいない、種田は返答を拒否した。狭い空間で瞳が交錯、鈴木が諦め、先に下りた。
日に照らされたドアの取っ手は金属製。鈴木が手をかけて、咄嗟に熱さを感じて手を引いた。スーツの袖を添わせてドアを引き開ける。外壁に大きく絵が書かれた建物の名称の赤とドアの赤をあわせたらしい、船のイメージだろうか、丸い窓が特徴的だった。しかし、外から内部の様子は見えなかった。
美容室、第一印象はショールームに続いて種田のイメージに合致したのが、受付嬢が単独でフロアに構える景色だった。垂直に伸びる観葉植物が視界を遮ってソファの背もたれから生えているように見えた。お客を待たせておく場所だろう、鈴木が受付の台に置かれた呼び鈴を鳴らす、室内は重低音が天井から這う伝わり方でこちらに届く。固体に伝わる振動はかすかに音に変換されているが、それは低音のみで主旋律や歌声は聞き取れない音声である。
贅沢なつくり、一階の空間は現在の使用は見られない。スタジオということは天井隅の照明と真っ白の壁紙、いいや壁の前にスクリーンのような白いカーテンが下ろされていた。木製の階段から人が降りてきた、髪を後ろで縛る男性である。口周りに髭を蓄えている、芸術家といわれる人物たちに共通する普段着が仕事着、男性はいぶかしげにこちらを見つめた。
「お待たせしました。写真撮影ですか?」
「いえ、私こういうものです」鈴木は事態の把握を早めるため手帳を取り出した。普段はあまり、行わない手法である。
わずかだった不信感が高まり、男性の顔が曇る。腕を込んで、片足に体重をかけた。
「警察ですか、どういったご用件でしょうか?」
「柏木未来という人をご存知ですか?」
「ええ、知っています」
「近くに事務所を構えているのも?」
「協会の人間ですからね」知っていて当然、男はそういっている。彼は、義堂と名乗った。
「フランス料理促進、ええっとなんだけ?」鈴木は種田に正式名称をきいた。
「促進普及協会」
「そう、フランス料理促進普及協会の会員なのですか、あなたも?」
「はあ?何か勘違いをされてませんか。私はS市西部カメラ協会の会員ですよ、フランス料理なんて聞いたこともない」
「柏木さんもそのカメラ協会の会員ですか?」
「個人で店を構えているか、事務所がT区にあれば、自然と協会員、そうならざるを得ないのですよ。仕事が回ってきませんからね」