コンテナガレージ

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適応性1-1

 警察車両の後部座席に山遂セナは座り、ガイドブックを持参した昨日からここまでの流れを事細かに、バス利用の彼女の日常も含めて警察に披露した。空気の乾燥が著しく、話し終えた時には喉の渇きに襲われた。

「あなたは建設会社にお勤めと先ほどおっしゃいましたが、この近くに会社があるのですか、見渡す限り建物は一棟も見つけられません」運転席に一人の刑事、助手席に女性、そして山遂をはさむ二人の刑事という座り位置。山遂の右隣、丸顔の刑事が顔を近づけて質問を投げ掛ける、圧力を感じる態度を山遂は苦手とする。同年代の人物だと、さらにその兆候が顕著に現れる。対抗心がくすぶられても導火線に火がつかず終わってしまうのだ。浮き足立つ隣の刑事はかつての自分を見ているようで恥ずかしい。

「会社はまた別の場所にあります。ここへ通うのは打ち合わせのためですよ。二つ先のバス停を降りてすぐの公民館を借り切って連日会議を行ってます」半ば怒り気味の口調は少々大人気なかったかもしれない。しかし、ファーストコンタクトが肝心である。罪は一切犯していないし、意識的な犯罪加担を隠してもいない。覗いた新聞を見て、バスで見かける、かすかに想いを寄せていた女性の忘れ物を半日ほど預かっていたに過ぎないのだ。また、こういった交渉事は、下手に出ると足元をすくわれてしまいがち。だから、はっきりと意義、権利は主張する、と山遂は車に乗り込む前にそう決めていた。

「何も僕らは責めてはいませんよ。リラックスしてください。ほら相田さんまで車に乗るから、圧迫感が酷いんですよ」

「風に言ってくれよ。俺のコートは風をよく通す素材らしいぞ、鈴木」

「すいませんね。圧迫面接みたいで」鈴木が屈託のない微笑を浮かべる。「それで、そのガイドブックをバスで拾い、届けようとして、渡し損ねた」

「盗むつもりはありませんから、しっかり確実に届けようと決めていました。電車のホームでも見かけていましたから、電車に間に合えば車内で渡せるかと思ったのです」

「しかし、会えなかった。乗っていなかったんですかね?」鈴木は語尾を半音上げた。

「いつもよりは空いていた車内ですから、見つからないのはおかしいと思ったんです、僕も。駅でバスを降りたあとの移動手段はタクシーぐらいですし、彼女が駅に歩いていく姿はバスの中で見ていました」