喫茶店を離れて職場に戻る車中。
熊田が運転する車にはは日本車のように十分な後部座席の空間がないため、運転席にのシートにあたる膝の処理に、鈴木は斜めの体勢に優位を試行錯誤の末に見出す。
海岸沿いの曲がりくねる急斜面、十二月に慌ただしく始まったロードヒーティングの工事完了の成果か、濡れたアスファルトを車は登る。正月休みの感覚の引きずりと休暇明けの仕事のなさが、骨抜きにした意識に襲い掛かる、鈴木は眠たさをこらえた。
工期を終えたはずの道で渋滞が起きている。
カーブを曲がりきった先で車両が二台停車。何事だろうかと、先の二台がゆっくり進み出した後に車が続けば、ヤドカリのような足で道路脇の雪を掻き出す除雪車が、集めた雪をダンプカーの荷台へ噴射していた。
点滅する棒を振る警備員の合図で車はようやく坂を登り始めた。車内は静かである。誰も話さない。前の二人は、比較的口数が少ない、これは鈴木を基準とした場合である。彼自身、おしゃべりという自覚は持っているが、無口よりは人間関係の築きに適すると、鈴木は自負している。
鈴木は、焦点の合わない目で考え事にふけった。
山遂セナに逮捕状は出ていないというのが、署内で漏れ聞こえる情報であった、その他、黒河の発砲理由にしても不明確から進展はないらしい。よく考えてみれば、何一つ事件は解決していない。樫本白瀬の死も判別は付けられてはない様子だった、結局掴まったのは黒河だけ。そんなことをうつらうつらと彼は、考える。
秘書は多分、山遂に特別な行為を抱いていたのだろう。彼女が証言しなかった妥当な理由はこれぐらいしか思いつかない。会社が損害を受け、彼女も失職に追い込まれる、そこまでは考えには及んでいないはずだ。建設会社は北日本最大手、社員の一スキャンダルなど取るに足らない。巨大勢力の影響はくもの糸に準じて一度捕らえれたら離れられない。手を繋ぎ、従順や見過ごしを覚えてしまえれば、たった一人によるひとつの事実など世間にとっては小波程度に縮小される。長いものに巻かれる、という現象だ。