焼死体の身元は不明のままであった。鈴木は暇な部署のおかげで正月の三が日に休暇が取れ、実家に帰り、二日滞在した。家族と親戚、親戚の子供と一年の出来事、変化、成長を話し、受けあい、聞きあう中で、秘書の想いはいつまで続くのだろうか、と鈴木は彼女の気持ちの変化で事実が明るみに出るのでは、そんな考えに辿り着いた。しかし、こうして一月も半ばを迎えようとする時節まで月日が流れても、気持ちの変化はなかったらしい。
人前で足を組むのは失礼に当たるという精神は植えつけられた勝手な礼儀という妄信に過ぎないが、鈴木は窮屈な体勢のまま、シートに体重を預けている。
種田の姉のアイラとは、トランクで発見された遺体の事情聴取がO署で終わった後に、駅まで車で送るように熊田の指示で彼女を最寄り駅まで送った。その際、彼女に山遂や秘書と交わした会話を再現してもらったのだ。秘書がアイラに車を貸し渋った躊躇いを美弥都は推理のきっかけに据えたのだと今思い返して、彼女の推理力に感服する。
どうしたら、考え続けられるのだろうか。鈴木にしては、正月から今日まで、一つの物事をかなりの時間考えていた。多分、彼女は世間で起こる現象のほとんどが考えるべき事柄、対象ではないのかもしれない、だからいつも頭がクリアなのだ。自分は段々と世間の事象が退屈に思えて、そうか、だからか、今回は物事にじっくりと向き合えた。
それにだ、家庭を、家族を持つのは、考えるにそうした退屈さを紛らわすためだとも思う。一人では寂しい。裏を返せば、自分のために寄り添って、持て余した暇を埋めてくれ、という見方もできるか。
受け取るだけの情報は自分には必要ないのかもしれない、鈴木は思い始める。限られた容量を上手に使いこなすため、生きるための情報はもう受け取っている。今後は、情報の要約に取り掛かるとするか。寂しい、という感情がうっすらと込みあがる。だけど、黙っている前の二人に少し近づけた気がした。知っていても感じていても、しゃべらないで留めておける自分がいる。鈴木は情報の制限によって、一つ大人になったように思えた。