コンテナガレージ

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踏襲2-1

 S駅で降車、車内とは打って変わってホームと駅構内は蒸した暑さが充満、改札までの階段を降りたらじんわりと首元に汗を掻いていた。

 嫌いな人混みを歩く。

 駅は商業施設との一体化で改札を抜ければ複数の百貨店が隣接、私はそのうちの一つに足を踏み入れた。エスカレーターはひっきりなしに人を運び続ける。ベルトコンベアで運ばれる商品みたいだ。店側からはそう見えても仕方ないか。入店の先を見通せる天井までのガラスを抜けると最初に目に付く花屋に複雑な香りをかがされて、エレベーターを待った。私の他にも二人の待ち人、壁に刻まれた各階の案内表示で楽器店を探した、四階である。美術館で絵画を鑑賞する時みたいに首を長く伸ばし、電光表示が一階を光らせるのを共に待って地下から上ってきた箱に乗る。私は最後に乗ったために四階のボタンは先に押されていた、箱は空っぽである。誰かに行く先を決められて、ちょっと悔しい。だってせっかく自分に従うと決めてきたんだから、出鼻をくじかれたように思えた。

 四階、通路を左手に曲がり、突き当りに確か店があったとおぼろげな記憶を頼りに先を進むと目的地が確認できた。そこだけがなんだか、空気が綺麗で澄んでいて押し付けがまし店員の気配も姿も売りつけの躍起さもなんにもない、一歩踏み入れただけで纏い付く楽器のエネルギーに感化されたように思えた。これまでそんなことを感じた試しはない。ただ、無造作に楽器が壁に飾られて、主に買われるのを待っているぐらいにしか私には映っていなかったのに一つひとつがまったく異なる存在で独立していて個性的で、値段なんてつけなければ購入を決めたあとで聞けば、だれだって自分にあった一品を選べるのにと不意に思ってしまった。

 入り口にはキーボードが並ぶ。有名なメーカーの商品と聞いたことのないそれとが交互に相似の表情で出迎えた。楽器の中でギターを好んだのはうまく説明ができない。そう、すべてを理路整然と説明できる人はいないんだから問題はないのだ。

 目的の場所はすぐに目に飛び込んできた。数々の商品が壁に飾れられている。それらは薄っぺらい購買欲を満たすためだけの期間限定だったり季節限定のサイクルでやってくる売主側の意向なんていやらしいものでは、まったくない。すべてが堂々として凛として張り詰めてそれでいて軽やかで自己主張も小気味良く、ただ飾っておくだけでも十分威力を発揮する魅力を持ち合わせた商品たちであった。これが職人の、作り手のなせる技なのかもしれない。中には大量生産の商品もあるけど、それでも弾く人との一体感で完成に達するのであるから、やはり商品としての価値は大いにある。