コンテナガレージ

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再現と熟成1-1

 八月の終盤、蝉の活動は控えめに、そろそろ虫の鳴き声も衣替えの時期。雨はしとしと朝方から降り始めたようで雨粒が屋根を打つサウンドで目が覚めた。めずらしく朝食をしっかりと摂取。アランの散歩にレインコートで挑んで帰宅後にギターを弾き始めたら、弦が切れてしまったので楽器店の開店時間に合わせて電車に乗り込んだ。その頃には雨は雲によって落ちるのを抑えられた。地面はまだ濡れていて気化する雨の匂いが夏を感じさせた。

 私は開店とほぼ同時に来店した。片側に体重を乗せた姿勢、店員が書類から顔を上げて言う。「早いな」長髪の店員の髪はばっさりと切られていた。

 「弦の太さは今回のと同じので張って下さい」カウンターにケースごとギターを置く。

 「指が攣らない?」取り出すギターに落とした視線で店員が尋ねる。

 「問題ありません」

 「そう、指先だけで弾いてると腱鞘炎になる」私の心配をしているのだろうか、それにしては態度と口調は一致しない、チグハグでだけど悟りやすい。

 「髪を切ったんですね?」いつもの私にはありえない言動だ。心遣いのお返し。

 「ああ」それだけ、だとは思ったが、誰かに指摘されるために切ったのではないと知れると当然の反応か。

 「それなりに弾けるようになったんなら、これに応募してみないか」指し示した先の壁面にはd-studio公開オーディション、と書かれたポスターが貼られていた。歌を人前で披露した事はこれまで一度もない。成功するのか?私が?まずは何を持って成功と見なすのか、はっきりとすべきだ。ここで選ばれることか、特定の価値観をもつ選考員にほめられることか、あるいはただ聞いて欲しいがための演奏か。

 私はそれらのどれにも当てはまらない。目標はもっと先で想像できないほど現実とはかけ離れた居場所なの。

 「こちらで申し込めるのですか?」放たれた言葉に私自身が一番驚いている。

 「出るの?」誘ったのはそっちではないか。声には出さない。

 「誘ったのはそちらですよ」目を丸くした店員に指摘する。

 「いや、そう素直に応えるとは思っていなかったから……」

 弦を張り替える時間を申込用紙の記入にあてた。エレベーターで一階へ。扉の外はすぐにアパレルの店内で、店の中にエスカレーターも稼働する忙しなさ。商業ビルを出て改札の真向かいの施設へ。