コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

重いと外に引っ張られる 1-1

f:id:container39:20200509131858j:plain

重田さちの身辺調査の途中、彼女が勤めていた塾を訪問した鈴木は、これといって事件につながるめぼしい情報を得られずH駅近くの学習塾から出てきた。早朝、塾講師からすれば勤務は午後からそれも夕方からなのであって、午前中はほとんど生活の活動を行っていないのだと、重田さちの同僚たちを集めての聴取で判明した。同僚たちは、全部で3人。この塾は中学生が対象で、小学生の生徒の数は少ない。講師は複数の教科を受け持っているそうで、塾に雇われている講師は3人で他に学生のアルバイトも数名在籍、この人達からはまだ連絡先を聞いたばかりである。主だって重田さちは事件に巻き込まれるような人間ではないとの見解が強く、性格はおとなしいが弱々しいという印象ではないらしい。付き合っている男性の影を聞いてみたが、そういったプライベートの話は一切しないらしく、ただ男性に興味が無いわけではなく、積極的に活動をしてまで結婚をしたいとは思っていないのだそうだ。塾は二階建ての長屋のような造りのほぼ真ん中。建物自体、接触していないが5件並んだ他店舗との形状や広さは同じであろうと外からの観察でも簡単に推測できる。鈴木は入り口の引き戸を閉めて、手帳に書かれた情報を見返していた。

 昼下がり、日差し、多少の暑さも感じる。今日は暑い日なのかもしれない。ベビーカーを押した女性がゆったりと通り過ぎる。車の数も少ない。朝食を抜いているせいか、空腹時の暴走がある時点を迎える発作的に発生するがそれ以降はいたって通常の生活に支障がないくらいに食べ物の必要性を感じないのはどうしてだろうか、鈴木は腹をさすりながら思っていた。しかし、それでも炎天下の中、外を歩き、汗をかくと身体の機能低下に繋がる恐れも浮かんできて、そろそろ遅めの昼食、あるいはブランチでも食べようかと画策しつつ、車に乗り込んだ。
 味の善し悪しよりも、落ち着ける滞在空間が大切であると最近思うようになってきた鈴木である。向かう先は、喫茶店。その店は、無論コーヒーが主流であり食事は二の次であるし、本来の目的はそこの勤める従業員である。以前の事件で関わりのできたその店員を一目眺めたいのだ。
 喫茶店の場所は、H駅から2つ目の駅に程近い海岸沿い。山から流れてきた水が流れこむ川の傍、川に架けられた橋をわたれば石造りの姿を発見できる。鈴木は署に戻るついでと言い訳をつくり、駐車場に停車。喫茶店へと入っていく。この店にしてはめずらしくがやがやと賑わいを見せていた。店内に踏み入れて見渡すと、入口近くのカウンター席が空いているだけでテーブル席も学生だろうか男女が談笑していた。
「いらっしゃいませ」お目当ての店員から入店の挨拶。鈴木はうれしさを隠して席に着く。すぐに、冷たい水が運ばれる。店員にはその女性店員ともう一人店主がいる。店主は黙々と作業に従事し、注文を捌くのに必死の様子である。おそらくは二階の席も埋まっているのだろうと天井を見上げて鈴木は思った。
 「ご注文は?」カウンターを挟んで女性店員からの呼びかけ。わずかに傾けた角度の顔。まっすぐの髪は後ろで縛られている。白いシャツに黒のエプロン。どれもが彼女のためにあるようなぐらいの似あいようである。
「コーヒーと、あと何か軽く食べられるものを」
「トーストでも焼きましょうか?」
「えっ?そんなメニューありましたか?」鈴木はカウンターのメニュー表を見返す。空腹がここにきて頭脳停止にまで追い込み、生体機能を守った結果である。そう、自分で何を言ったのかを忘れるぐらいに。