コンテナガレージ

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踏襲2-2

 「ギターをお探しなら、手にとって感触を確かめてごらんよ」風貌から私が想像するミュージシャンのそれと寸分の狂いもない店員が黒の前掛けに赤い店名で音もなく私の横に現れた。髪は艷やかで後ろで一つに束ねてある。細面、スッキリとした切れ長の目元、身長は百五十代の私が見上げる程度。

 「……ギター弾いたことがないんですけど、どれがお勧めですか?」

 「弾くのはあなたでしょう?」酷くがっかりとしたトーンで長髪の店員が言う。「キラキラして見ていたさっきのように好きなギターを選んでみれば」この人の言うとおりだ。何をためらって何に気を使っているだろう。まだ、まだ何も始めてもいないのに決め付けるなんて馬鹿らしいではないか。

 「そうですね」自然と笑みが溢れた。店員に対しての笑顔ではない、勘違いの自分を笑う笑顔だ。

 「あんた、いい顔で笑う。決まったら声をかけて、レジにいるからさ」友人の気軽さとも家族との近しい距離感とも押し付けがましい店員のにじり寄り方ともまた、馴染みの飲食店で声をかけられるそれとも違う、異質な雰囲気でそれでいて軽やかな空気感。羽毛みたいに漂っていそうなコンタクトである。

 ギターに視線を合わせてみることにした。アコースティック、クラシック、エレキギター、あとは名称を読んでも琴線には触れなかった。エレキギター機械的な音は現状では弾く場所を考慮して選択肢から外す。残るは前者の二つ。なんとなくアコースティックの一品に手が伸びた。表面の色は僅かに光沢が失われた感じが伺える。

 しかし、ネックに手を添えた途端に全身が震えた。毛がそばだち、目が血走った。電流が駆け抜けてずっと前からの私の一部だったように手に吸い付いた。恐ろしくなって手を離しても、まだ感触が手のひらを支配、サウナに入ったかのように右手以外はびっしょりと汗を掻いていた。

 「褐色のキラー」店員がそういった。声は下から聞こえた。丸い椅子、ちょうど靴の試し履きで座る椅子である。楽器店ではこれに座ってギターを弾くんだろうと予想を立てる。短時間の滞在だから座面も狭小で高さも低い。

 「ギターに名前があるんですね」礼儀の一つとして答えた。本来ならば、気に求めずにやり過ごしている。

 「売れないのさ。正確には売れるんだけど、なぜが店に舞い戻ってくる。お客は無言でただ引き取ってくれとしか言わない。だからいつもそこに飾ってある。妖刀みたいなものさ」

 「いわくつきってやつですか」離した手を再びギターに添える。面白い、今度は手に纏い付く感触が伝わる。ボソリと言葉が口をついてでた。「……魅力的」