コンテナガレージ

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焼きそばの日10-7

 会場の雰囲気を体感した店長は川上に帰る合図をして、関係者側から一般の通路に出た。 

 その時、バンッと電源が一斉に落ちた。花火が打ちあがったと錯覚するほどの爆音であった。会場が静寂に包まれる。

 そして、ざわめき、短い悲鳴も聞こえた。

 音は完全に落ちた。

 柵の外側、まだステージが見える位置で店長は壇上の歌手を伺った。

 マイクを外し、彼女はギターからも手を離して、ゆっくりと声を紡ぎ出した。

 即興のような曲だ、意識を歌い上げる。

 会場との距離と空気とを吸い取り、吐き出し、純化させ、さらにまた彼女のフィルターを通す。通じる、という表現が最適だ。

 たまに外には出てみるものである。店長は感心して、立ち止まるスタッフを掻き分け、微かに届く声を後頭部に意識しながら店に戻った。

 電力が断たれたため、オーブントースターは使用を中止。パンは鉄板に薄い金網を敷き、下からあぶる。焼きそばを炒める火力を流用したのだ。

 金網は鉄板を購入した際の付属品で、必要ないと店に置いてきたものを小川が自宅に持って帰るために車に積み込まれたのである。それが活かされた、彼女にお礼を言わなくては。

 午後の七時。焼きそばパンも完売して、店を完全に閉めた。

 盛況ぶりから従業員たちは、パンとアイスの注文数の増加を訴えている。しかし、店長は予定通りの数を変えなかった。来ないかもしれないお客のために、こちらがリスクを負う必要はない。

 土曜日。トラブルはなし、しかし午前中は雨模様だったが、日没に合わせて二種類共に完売する。ライブは翌日曜の早朝五時まで演奏が続いた。それでも昼ごろから振り出した小雨が夕方に上がると急速に売り上げが伸び、午後八時に閉店。こうして約三日間の出店は閉幕した。

 ライブを見たがっていた小川は金曜に泊まり込みでテント裏の車で寝泊まり、零時までライブを観戦していたが、翌日からは体力の低下をまざまざと感じ、仕事に集中していた。ハイエース隣の休憩用テントで寝泊まりができたが、店長は従業員の体調を考えて、会場内のオートキャンプ施設を事前に予約していたので館山と国見があてがい、店長は車の後部座席で二日睡眠を確保した。

 完売後にどの店よりもいち早く店舗内の清掃に取り掛かり、土曜の午後十時には完了。いつでも飛び出せるような状態で、あとは会場を出るだけ。ただ、ライブ終了の日曜日午前五時から午前十時までは車の出入りは認められていない。騒音を軽減するための措置と思われる。そのため、午前十時きっかりに会場撤去の監視スタッフを呼び寄せ、確認を取って、ようやく会場を後にした。もちろん渋滞が巻き起こるずっと前の出来事。店長は従業員を送り届け、店に使用した器具を運び入れて、レンタカーを自宅近くの店に返して、正午には自宅に帰りついた。

 月曜日はランチのみの営業でディナーは休む、従業員の疲労度を鑑みた店長の決定である。本来、月曜日の営業は通常通り行うはずであった。ターゲットはランチのお客、そう割り切る店長は今週やそのまた先を乗り切る、乗り越えるために休息に踏み切ったのだった。