コンテナガレージ

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再現と熟成1-5

 「はい」何の迷いもなく短髪の店員は回答。そこで二人の間に空白の数秒が訪れて時をさらっていく。

 「何が違う、どこがいけない。なぜだ」食いかかる男の手が今にも短髪の店員にかかろうかという時にレジの奥から返答が得られた。

 「ビジョンが見えないのよ。有名になりたい、テレビに出たい、好きな事でお金を稼ぎたい。どれも抽象的で近似の出来事だわ。彼女はあなたのスケールの何倍も先に想像を巡らしているの。実力や自信があればコンテストにはそもそも出ない。そんなことよりも通過点としての位置づけで審査員の評価なんか気にしていないの彼女は。あなたは、認められたい、名声を得たい、すごいですねって持ち上げて満足気でニンマリと微笑んでいたいのよ。それ以上でも以下でもない。歌は上手なのかもしれない。しかし、このコンテストは標準の歌唱力は二の次。ビジネスを見据えた人材を発掘する選ばれたステージ。あなたのような人はライブハウスやカラオケで人の真似ばかりしていなさい」大人しく弱々しい印象の女性店員が大立ち回りで声を突き刺さる容赦の無い言葉を不用意に投げつけた。予期せぬ角度からのカウンターが一番効果的、ただし二度目は通用しない。しかし、男は急所を突かれたようにわなわなと震えだして二、三歩を後退りをして逃げていった。敗走の広い背中が緩いカーブを描いていた。

 「驚いたな、喋れるんだ」短髪の店員が何度も頷く。

 「……えっと、あの、これはですね、その、何と言いますか、事故というか、その場の成り行きと申しますか、ううんと、とにかく咄嗟のことで私の本性ではないのですと、言っても無駄か。弁解の余地はないか……」身振り手振りで女性店員は小動物のように空中であやとりをしているように忙しない、かと思うと私と目が合って、見据えて意識をほかへ逸らす。「どうぞ、ギターの弦は張り終えています」ぱぱっと奥に引っ込んでギターケースと一緒にピンと張り巡らされた褐色のキラーがレジ台に姿を見せた。

 違和感を覚えた。なんだろうか、なんとなくまだよそ行きの顔をしている。弦との意思疎通がまだでそれが原因なのかも。しかし、これまでには感じなかった。

 傾斜した顔でギターを見つめていた私に短髪の店員が尋ねた。「なんか、傷でもついていた?」言葉はすっかり元のくだけた、軽い、中高生が日常で話すそれに切り替わっていた。もしかしたら、丁寧さのほうがデフォルトなのかもしれない。