コンテナガレージ

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革新1-5

 電車が警笛を鳴らす。私への危険の合図ではない。電車の標識があるから、そういう規則なんだろう。

 早朝は夏とはいえ、肌寒い。海風の影響もたぶんにある。アランが暇そうにへたり込んでしまったので帰ることにした。サーファーの男はまだ夢中で波と戯れていた。橋を慎重に渡って、坂道を戻る。ガードレールで囲われた駐車スペースに車が一台止まっていた、おそらくはあの人の車。

 家に到着、アランにご飯を食べさせた。元気がなかったのは単に空腹だったからで、食べ終えると今度は遊んでくれとせがんできた。朝食の席に母親からあるアーティストのCDを買ってきて、と頼まれた。ネットで買えば半日で届き、行き帰りの交通費も節約できるが、店頭のCDが良いらしい。我が家もブロードバンドは繋がっている。母親もPCを日常的に使いこなせている、まあ、しかし、ちょうど昨日弦が切れて張り替えるために今日は楽器店に行くつもりだったのだ。

 子供の時のお使いみたいに代金を受け取った。影流が臨時のお小遣いと勘違いして一悶着あったが、丁寧に理由を説明すると途端に興味をなくして彼は朝食にありついた。

 ラッシュの時間帯を避けて電車に乗り、褐色のキラーと共に楽器店に入った。

 「こんちには」長髪の店員はどうやらこの店の店主らしく、それは他の店員にテキパキと歯切れのいい声で指示を出していので、判断をした。まあ、長く務めるアルバイトと、という事もありうる。

 「弦が切れたのか?」弦が切断したのか弦そのものを紛失したのかはわからなかったが、私が新しい弦を買いに来た事実は揺るがないのでうちに留めておいた。一度自分で弦を張ってみたが、求める音質には到底及ばずにそれからはここで弦を張り続けている。

 「弦の太さって、あの一種類だけですか?」ギターを弾き始めて、弦の太さを変えられたら音色というか音の深みや反発で求める音が出せるのかもと思い始めた。技術だけでは表現されない音があるような気がした。

 「へえー」レジカウンターで店員は感嘆の声をわざとらしく出した。馬鹿にされていても構わない。それ以前に取り合うだけ無駄なので低俗な駆け引きはしないと決めている。私も大人になったのだ。焼き魚の血合いが美味しいと感じるのに似ている。味の感度が低下しただけなのに。