コンテナガレージ

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再現と熟成4-3

 二度も同じことを言うのは面倒であるが追いかけてきた労力に免じてこたえる。「ですから、契約はしません。聞き間違えでも頭がおかしくなったのでもありません。だったらどうしてコンテストに出場したのかとお聞きになると思うので、前もって言っておきますと、賞やレーベルとの契約にははじめから興味がなかったからです。ご納得いただけたでしょうか?」

「誰もが夢に見ている、確実にあそこで歌った人はあなたのようにグランプリを獲得し歌手として大成したいと思っているんです。なぜです?あなたなら、第一線で活躍する可能性を秘めている、いいえ絶対に売れます」整った呼吸で今度は早口で審査員の男は説得し始めた。 

 熱い、真っ直ぐな想いが相手も同様に伝わると信じ生きてきた熱量の与え方。不器用で工夫をこらさなかったのだ。

 手で顔を扇ぐ。もう、後頭部が熱を持ち始めた。

「あなたの描いたビジョンでならば、そのとおりかもしれませんが。私はあなたとは違うのです」

「歌で生活を、仕事として歌うことができるのです。何が不満なんですか?」男は赤らめた顔で迫ってきた。男の更に後方で数人がこちらの様子を観察している。間に割って入るには距離が遠い。傍観か。

「まだ、たったの一度です。あと二回は試してみたい、そう思っています」

「試す?またコンテンストを受けるつもりですか?」

「いけませんか?契約を結ぶ権利が私にあるのなら結ばない権利もある。押し付けてきた契約ばかりだと誰もが喜んで尻尾を振ってくれていたのですから、まあ、そのように解せない顔でも仕方ありませんね。でも、中には私のような人物も生きているのです。覚えておいて下さい」男はまだ喋ろうとしたが、口に人差し指を当てて私は言葉を制した。頭上を鳥が鳴き声を交えて行き過ぎた。終了の合図には持ってこいだ。

 残りの階段を降りた。音に注目する、大丈夫ついてくる気配はない。造成されたホールの敷地内から歩道へ、信号は歩行を止めることなく横断歩道の中盤で青が点滅、渡り切ると赤に変わった。

 日曜の午後である。中心街は買い物客で人の量が平日の倍以上に膨れ上がっていた。駅前通りを避けて一本外側の道を北に歩いて駅に辿り着いた。ちょうど昼食の時間帯。

 駅の電光掲示板を見ると乗り込む電車の時刻は三十分ほど先のことであった。しかし、混雑する改札を通過して早々に階段を上がってホームに出た私は、自動販売機の裏に隣接する山吹色の小屋、立ち食いそばで空腹を満たすことにした。なんとなく、かき揚げもトッピングで豪勢な昼食を啜る。ギターケースは足元に立てかけてそばを食べた。

 冷水を飲み完食、汁も飲みきった。