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再現と熟成4-2

 私の名である。

 時が止まった。

 私の両隣が拍手をむける。選ばれなかったのに相手を讃えている。

 前に出てマイクを手渡された。司会者とのやり取り、それから審査員からの称賛、盾と賞状の授与、最後に一言感想を求められた。

 正直に話した。驚きも感動もない。ただ、味わったことのない状況に戸惑っている、そうスピーチ。対象物のはっきりとしない、ありがとうは語尾に付けなかった。座りがいいのかもしれないが、私にとっては邪魔で不要な装飾品だった。

 控え室に戻ると初対面の笑顔が何十人も正体不明の握手を携えて代わる代わる近づいては離れていった。どうも、はじめまして、私の名前は知っているはずなので、話すことといえばそれぐらいのもの。名刺も何十枚と渡された。

 帰宅のタイミングを逃した私は、次々の声がけに応じるしか選択の余地がなくて、時間だけが平等に流れていった。私の愛想の無さに、話題に困っていた相手が早々に立ち去って、身が空くと受け取った盾と賞状をケースに詰め込んで控え室から脱出を試みた。

 運良く呼び止められずに、廊下に出る。そのまま、出口までノンストップの早足で突き進む。既に、出場者たちは私を残して帰ってしまった。通路ですれ違う、出くわすのは裏方や主催者側の人間である。目立つギターケースの重みを肩に感じて、突き当たりを曲がり、右手の出口から外に出た。

 空は相変わらずの青で同様の表情で出迎えてくれた。太陽に手をかざして挨拶。光が眩しい。幅の広い階段を降りていると、後方から呼ばれた。

「奥出さん!」振り返ると審査員の一人と思われる人物が息を切らせ、膝に手をあて息を吐き吸って、上体を激しく揺らす。「待って下さい、まだ契約の話が残っています」そう、レーベル契約を持ちかけられたのだ。

「契約する気はありません」涼し気に暑さを考慮して返答した私。

「言っている意味がわかりません」整えられた頭髪は追いかけた疾走で乱れていた。顔だけを上げて審査員の額に皺が寄る。歳を重ねると確実に額に常時刻まれている皺に成り代わるだろう、と相手の顔に集中。話を聞いていないのではない、むしろ私にとっては集中している証。