コンテナガレージ

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プロローグ1-1

「下界と見間違えたのね、大昔の王様は」助手席の彼女は足を組む。

「人が小さく見えたのでしょう。実際に」

「さてさて、この遊覧飛行はいつまで続くのかしら。まるで見当もつかない。そもそも、あなたが呼び出したのよ。もったいぶってないで、私と二人きりになりたかった理由とやらを教えて」彼女は片目を閉じる。けれど、操縦桿を握る機長の視線は前方と彼の右側の窓にばかりに向けられる。こちらへは一度、機内へ足を踏み入れた、牧場の平らな高台から乗り込む際に顔を合わせてから音沙汰もない。彼女にしては、好都合ではあった。なぜなら、正体を知られては支障をきたす仕事が彼女の役割、役目、押し付けられた役職と組織内での役柄。外部交渉を一手に引き受けるその身に定住地は皆無である。これは彼女の気質に似合った生き方、と言えるだろう。彼女は常に大洋を泳ぐ回遊魚なのだ。泳ぎを続ける。場所を変え、以前の彼女を捨て去ることを厭わない性質。生来の持ち物であるのだから、精神的な異常はこれまでも、おそらく今後も散見されないだろう、というのが彼女自身の観測。例外はある。それも了承済み。手はずは整えてある、私のあずかり知らぬ組織の中枢でも。

 北限の町、北海道中西部のS市内中心部上空を飛行船が優雅に浮かぶ。強風に煽られた際の対処に応じられる用意の窮屈なパラシュートを除けば、快適な夜景を望む遊覧飛行だ。

「もう手に入れましたか?確か今日発売ですよね、例の商品」彼が尋ねた。

「案外、庶民的な品物に興味があるのね」彼女は階下に散らばり、明滅する色鮮やかで、大きさの異なる照明をみるともなしに視界に取り入れる。

「もちろんですよ。世間の流れを把握しておく、これは私の仕事の半分にあたる。アンテナを張っておいたら、キャッチしてしまった国民が掴まされた情報に翻弄されているんでしょう」

「あなたは違うと?」

「ええ、まったく、とは言い切れませんがね」彼は短く笑う。顔に皺が寄っているはずだ、だが視界は斜め左下方を捉えた状態を保つ。

「それで?」

「なにがです?」

「煙草を体が求めてる。かれこれ二時間のフライト。復路にさらに二時間を要するとしたら、私の身が持たないわ。飛び降りる前に用件を話して」

 体内に反響させる声だった。「日本の発売はアメリカの商品発表の現地時間に合わせる。お分かりでしょうか。それを見届けて欲しいのです、あなたに。いいや、あなた方に」言い換えたのは、上層部に伝えろ、そう強調したのだろう、彼女は正確に相手の言動を読み取る。頭はそれほど良くはないが、悪いともいえない。操られる側に立ちたい、という信念だが、立場に酔いしれた態度は拭えない。考察の範囲が狭い。考えてはいるようだ、しかし局所性の選択を誤り、見当違いの部分を見ている。彼の言い方で言えば、いいや見させられている、と言える。