コンテナガレージ

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プロローグ1-2

 彼の言う、商品とは、世界に流行の嵐を巻き起こした腕輪であった。外見は通常私たちが身につける、時刻を確かめる機器であるのだが、内実は通話機能を体内で補完してしまう画期的な機能が盛り込まれた、次世代型の通信機器である。着信や音楽といった音は振動に変換後、体内を伝い、気道内の鼓膜付近で音が作られ、人の耳に届く。第一号機に見られた、音の伝達速度の遅滞は今回の新機種では解消されているとのことであった。S駅の構内の掲示板が情報源であり、私自身が積極果敢に取得したのではないことを、名誉のために弁解しておく。

 時刻は午後九時を回る。駅前通りの一本隣にブルー・ウィステリアの日本一号店が見えた。飛行船は南に下る。

 ひときわ明るい一角、照らされた対面のオフィスビルは既に本日の稼動に別れを告げていた。

 彼女は肩にかけた一眼レフのカメラを構える。

 Tシャツ姿の面々はぞろぞろ、光をばら撒く一点から次々に店舗沿いの歩道に出てくる。何かが始まるらしい。彼女はこの飛行船に乗ることだけを告げられて、乗船している。偶然に中古の出物を店で買ったばかりであり、夜景の撮影に、間に合わせに購入を決めたのではなかった。説明書は不要であると、店に置いてきた。箱もだ。使用法は手探りで探し出す。性能の良し悪しを彼女はこうして決める。予め使ってもらいたい機能ならば、いつか出くわすだろうし、不要だったら一生、日の目を見ない。つまり、説明書に書かれていたとしても、その場限りでは使う道は閉ざされる。この意見は店を出る際に、店員に呼び止められ聞かれたので、言ったまでのこと。突然の思いつきにしては、相手を納得させる十分だったらしい。

 名刺をもらったのだ、店長という肩書きを。ついては経営に関してのアドバイスを、彼の上司に相談し約束を取り付けるので力を貸してくれないか、時間を作ってくれないか、そういった依頼を受けた。人と話すと、どうしても仕事の誘いを多く受ける。歳を重ねたのが要因だろうとはわかっていた。表向き取り繕いにとらわれなくなったのは、大変に私の平常が保たれる。むなしさを人は口にするようだけれど、私にとって独りでいられることが何よりも私を生かす重要なファクター。この仕事だって一人だから、続けられる。付き人、上司、常時寄り添う身近な上下関係の払拭は大いに私の足を組織に引き止めることに成功した。もっともそれらを考慮した上で、特殊な性質である私を担当に導いた、といえる。