コンテナガレージ

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再現と熟成4-7

 その年の夏に私は大学を辞めた。曲を作り、送り出して歌う。その繰り返しに学業は不要と判断を下した。フェス?そんなものには興味が沸かない。だって見てみてよ、盛り上がっている人は、その場しのぎの興奮に踊らされているだけなんだから。

 定期公演を開催する私は毎週末、歌っている。場所は週によって各地に移転はするけど、開始時間と終了時間は変わらない。収容人数も適度な人数に保つことにしている。もっと増やして欲しいとの声があったけれども、私が届かなければ意味が無い。豆粒にしか見えない私だったら威力は半減してしまう、そう考えているからとスタッフに答えておいた。

 様々な歌手から活動に誘われたけれど、全て断った。だって、私がしたいのは私だけのステージだから。人が多いと関わりだけで時間が浪費される。必要最小限が一人で最大限は四人。曲を合わせるときだけの間柄。それ以外プライベートの付き合いはない。だって、知っていて何になるの。意識が通うの?そんなの奏でれば知れることだもの。

 会場入りまで、近所に公園を探してそこでぼんやりと息を合わせる。忘れてしまうので毎回私に尋ねるの、何をしたいのか、何をするのか、なぜそうするのか、何につなげるためなのかを。背中のギターには変な異名があったけれど、私は順応している。知らない私がこれからも表出してくれればとわくわくしているぐらいなんだから。

 雲まで届きそうな背伸びでベンチから離れる。地面はところどころ氷と雪に覆われて足元に気を配らないと転んでしまう。あと後数週間で地面がお披露目の季節。歩くことが楽しくなる季節。吐く息の白さにもこれでしばらくのお別れ。道での人とのすれ違いも華麗なステップで躱していける。

 下ばかり向いている人が信号待ちの私の隣に立った。前の私に似ている。あなたはあなたよ。

 信号が青に変わり足を踏み出す私。

 隣の彼女は、じっと地面とにらめっこで靴底が地面にひっついたみたい。かと思うと、勝ち誇った微笑で上向き片目のウィンクを私に投げて、反対方向へ駆け出していった。途中、滑ってでもなんとか体勢を整えて持ち直した。横断歩道上の私は歩行を再開させて対岸へ行き着く。昔に引き戻そうとする私の仕業なのだろう、そう思えたら俯瞰で捉えた証拠なの。これからはつま先だけをみて歩いていける。

 後ろ髪を引かれないように短く整えた髪を春の突風に煽られて無造作に乱していった。

 

おわり