コンテナガレージ

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プロローグ1-3

「もっと上空は星が見えるでしょうね」彼女は突き出た前面の透明な板に顔を押し付けた。

「急に動かないよう、お願いしますよ。走り回ってさっきみたいにこの高さでバランスを崩したら、安全の保障はできません」男の口調に若干ではあるが、支配欲が垣間見えた。柔和な顔とうっすらと生やした無精ひげは、彼が作り上げた仕事上、生活上、あるいは金銭授受のための態度。ほっとした安心の隙間を縫って登場する本質までは気が回らないらしい。緩めた心理を自身が観測する道理は必然性を持たない。自分ひとりでは不可能な手技。もう一人を作らなくてはならない。人は欲そうやって自分の中に数体を飼いならしているものと、思い込んでいた過去が懐かしい、彼女は他人事のような過去の映像を取り出し、眺めた。

 騙されてあげる。

 彼女は、操縦桿を握る男へ本題を投げかけた。

「下の派手な店をあなたと眺めるのが、今回の依頼とは思えない」彼女はベルトをはずして、足を組みなおした。「痺れを切らせて、大惨事を起こす前に話しなさい」命令口調。しかし、男は口もとを緩めた。対応は想定済み、ということらしい。予測の範囲だった私の行動と、読める。

「ブルー・ウィステリアの会長、ジョン・マクラーレン氏が第四の勢力に名乗りを上げた宣言、これをお伝えするように、私は仰せつかった次第です」咳払いのあとに発した男の音声は抑えたよく響く声であった。声量に物を言わせる声を彼は好まないらしい。女性にとって低音はセクシャリティを想起させるが、私にはまったく正反対に作用する。これが私の性質を見越した対応だとしたら、今回の接触は相当に気を使う交渉へ発展すると、予測を立てて間違いない。彼女はカメラのシャッターを切る。

「わっ、なんです、いきなり」左手で男は顔を隠した。表に出る人間ではないらしいことを一つ暴く。

「そちらのペースで乗船したのです、こちらも何かしらのアドバンテージをいただかないと、不釣合いでしょう?」彼女は少女のように数センチ首を傾けた。それに合わせてか、機体が傾く。とっさに私は座席に座りなおした。

「おっと、風だ。強まってきたようですね」男は操縦桿を握るパネルに表示された幾つかの画面と計器類をつぶさに観察、状況をそれらから読み取る。鈍く光った計器のほとんどはデジタルの数字が表示されていた。数箇所は丸い計器が見られる程度、助手席の私の前には必要最小限の計器と操縦桿が揃う。予備の計器としての役割がほとんど、操舵を同時に操る理由は見当たらない。

「はじまりますよ」男は時計を指差す。三の倍数が牛耳る壁の文字盤は九時を指していた。