コンテナガレージ

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プロローグ2-1

 電飾が明滅を繰り返す。はじめ、それは店が要求した催しであるかに映ったが、きらびやかな夜の街は閉鎖された工場のように活動をひっそりと控えた。目にも留まらぬ速さで、引き際が肝要であることを、互いの関係性を今後も保つ術を知りえた、巧みな人生のジャンパーであるかのように。

「余興にしては、規模が大きすぎます」男の冷静な指摘、しかし焦りが二割ほど含まれる。

 生命の営みだった一面、電力の供給が途絶えた。停電だ。彼女はファインダーを覗く。

「まずい、まずい、マスコミのカメラに何も映らないぞ。新製品のお披露目が台無しに……。まったく、何を考えてっ、だぁからあれほど確認を取るようにいったんだ」

 とはいうものの、ビル社屋に掲げたブルー・ウィステリアのシンボルである、藤の花とその店舗を照らす光は、わずか数秒後に電力供給が再開し、明るさを取り戻した。おそらく、非常発電か自家発電装置に切り替えたのだろう。強烈な明るさではないにしろ、気持ち程度の光が点灯を開始した。

 彼女は目を凝らす。ファインダーに化粧が着いてしまっているはずだが、気にかけるよりも、ある動きに引き寄せられた。なんだろうか、人か、たぶん人だ。あそこは、ブルー・ウィステリアの屋上。間違いない、数十ミリの社員と思しきTシャツ姿の若者がお客とハイタッチをしながら店内へ導く、赤外線モードが役に立つ。歩道には贈られた花が入り口脇を固める。そして、私の注目を浴びた、屋上に再びレンズを動かす。人だ。しかし、眉のように膨らんでは閉じる光を放つ。こちらにはっきりと視認できるぐらいの緩やかな明かりが点灯と消灯を繰り返す、人の上半身付近が明るいか。

 カメラを構える体制を彼女は、整えた。一度、ファインダーを離す。「屋上にどなたか、人がいますね。不審者にも見えますし、余興ともいっても納得してしまう。ご存知ありません?」

「どこです、屋上?」男は首にかけた双眼鏡を構える、カチリと音が聞こえた。「ああっ角度が悪い。すいませんが、ちょっとこちらへ来てください」

「私がですか?」

「あなた以外に誰が乗っているんですか、いいから、ほら、早く!」座席を立った途端に手をつかまれ、カメラがスイング。ストラップを首にかけていたおかげで、落下は間逃れた。それにしても、想像を超える腕力だった。武道の経験があるように、彼女は感じた。

「いいですか、操縦桿をまっすぐに握ってください。力を抜いて、ほら、操縦桿の抵抗を感じつつ、左右に触れたら、車のハンドルのように正対を維持。車の免許はお持ちですよね?」彼女に操縦桿を握らせて、男はするりと座席を立った。腰が引けた状態の私を放り出す男は、助手席に、車窓を眺める膝を着いた体勢で子供のごとく双眼鏡を覗いた。飛行船内は外の闇とほぼ同等の照度を保つ。そのため、急激に訪れた暗闇へは飛行船側の明かりを落すと、下方の景色を捉えることが可能であった。室内の明かりは当然、前側の操縦席を照らす補助等のみが灯る。後方の空間を肩越しにみる。壁に固定された立方体の箱がうっすら影を作り、闇に溶け込もうとしていてた。

 冷静に状況を飲み込めているのは希代な経験を積んできた私だから、という理由ではまったくない。彼女は操縦桿を初めて握り、初めて操り、初めて、経験者の証であるベテランのアドバイス無しにそれも夜間の都市部上空を飛行する気分を味わう異常性が感覚の麻痺をもたらしている事実を常に感じ取れた。ちなみに、加齢による反応の遅れもその一因に加担するはずだ。