コンテナガレージ

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プロローグ2-2

「あの男は誰だ!会社の屋上で、何をしてやがるんだ?」独り言を男は呟く。

「どうされましたか?」極めておっとりとした口調を心がけて私は訊く。「あの、申し訳ありませんが、私、あなたの命と私の命をそれほど長くは維持できませんことを、理解してますか?」

「大丈夫、大丈夫。進路に障害物の高層ビルはこの先にはありません。あっ!あいつ」声を上げた男に視線を移しつつ、私は左手で操縦桿を握り直す。そして、顔を男へ向ける。

「今度は何が起こりました?」

「屋上の人間が持つのは新商品の腕時計型端末ですよぉ」悲痛な訴え、垂れ下がった両目で彼は言う。「ほら、みてください、青と紫に光っているでしょう?」

「ここからでは、見えません」

「そうでしたね。あっ」

「今度はどうされました。その男が拳銃でも発砲しましたか?」

「ええ、そう、み、たいです。赤い血が噴射したように見えた?あれ、いいや、嘘じゃないか、確かに、ええと、これは余興か、うん?」たどたどしく男の口調が途切れ途切れ。双眼鏡を覗いては離し、忙しなく視線を動かし、また覗き、今度は空間の一点を見つめる。

「代わりなさい、状況を正しく把握したいのでしたら、操縦桿を握って。地上に降りないことには、あなたは社屋に駆けつけることすら叶わないのよ」

 提案を素直に受け入れた。男と彼女は元の座り位置に戻る。彼女は、階下を確かめた。首に下がるカメラを構える。

「あらっ」思わず声が出た。夜景撮影のモードには明るすぎた。停電が復旧していたのである。ブルー・ウィステリアに連なる人の列がはっきりと見えるようになった反面、屋上はかすかな周囲のこぼれた明かりが重なることで、対象物の存在は覆い隠されてしまった。男の訴えは嘘ではないのだろう、私は一応記念としてシャッターを切った。そろそろ記憶を外部に頼ってもいい時期ではないのかと、思い始めた。彼女はこれまでは決して行動に起こすことのなかった写真、一瞬の記憶に足を踏み入れた。

 大幅に予定を組みなおす、男が興味深げに絵画を見入るようにフロントガラスを見つめて言い渡した。

 目的地やルートを秘密にしていた男の案内である、事態の対処は彼に任せた。ただし、新商品のセレモニーを背景に、彼らの要求を突きつけ、我々の組織に同盟や勢力拡大の承認を得る予定は、あっさりとそれらはビル屋上の出来事により、中止を余儀なくされ、地上への帰還を促された。

 強風が吹き荒れることもしばしばだ、降り立った平原は風を遮る建物がないためだろう。浮き上がるには必要な力であっても、下りるときには迷惑がられる風。わがまま。飛べたことを少しぐらいは褒めてやってもいいのに。

 丸くなった。彼女は髪を押さえて、無造作に置かれたコンテナの隣に止めた車へ歩く。もうもうと草が風と戯れる。所狭しと発信源がわからない虫の音色がひっきりなしに自らを鳴らす。