コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

お手を拝借、今日はどちらに赴きましょうか?1-6

「あなたがその事態を知りえて、今日まで何故、私に伝えることを躊躇ったのでしょうか。当然、他の方策、つまり代替案を考えていたことは想像がつきます。しかし、真っ先に起こす行動はありのままを、契約の無効を了承するあなた方不動産屋の不利益を被ってまでも、事実を明らかにする。それが真摯な態度ではないでしょうか」

「ごもっともで、返す言葉もありません」

「……」口を開けた樽前は店主の発言に圧倒される。それとは対照的に、正面に宇木林はにこやか、片方の頬を引き上げた微笑を携える。

「そこで私どもが呼ばれた」宇木林はスーツの胸ポケットから煙草を取り出し、掲げた。どうやら喫煙の許可を求められたらしい、僕は軽く頷く。煙草は半分が灰に消えた、二回目の灰を落す。ここは喫煙席、テーブルの灰皿を宇木林は手元に引き寄せる、天板を引きずる音が灰皿が自身の存在とありがたみをかみ締めるような歓喜にきこえた。

 宇木林は続けて話す。「改修期間内の営業は中止せざるを得ないでしょう、無理に営業を続けるにしても、数日は店を閉める状況をお客に体感させてしまい、お客の期待感をその都度裏切る。私は仕事柄あなたの店は存じ上げていました、通りの行列は名物になりつつある。また、他の行列店と毛色が異なるのは、お客自身が店の価値を行列が並ぶ有名な店、または安価でうまい店を思い描いていないからでしょう。面白いのですよ、店の提供品が。並んだ私がいうのです、それに行列の裁き方が実に軽妙。メニューのチョイスがすばらしく絶妙、ときにテイクアウト、ときに店内の飲食を使い分ける。これほどの店なら外観や工事の騒音は撥ね退けてしまえる、そう私は確信している。がしかしです。メリハリを意識してみませんでしょうか、という提案を私はここで申し上げます」