「失礼」彼女は断りを入れて端末を取り出した。「はい。……はい、起きてます。ええ、問題ありません。実行に移す段階ですが……判断は保留に。……発覚の恐れはないとは言えません。ただ、用意は整えてありますので、懸念材料は払拭できるかと、ええ、はい。わかりました。ええ、それでは、失礼します」
「なんです?」私は顔を突き出して訊ねた。もしかすると、自分の処分に関する取り決めがまさに目の前で執り行われた可能性があるからだ。
「……」彼女はおもむろに端末をしまい、拳銃も左胸に収めた。「警告は一度きりです。あまり暇な身分ではありませんので、しかも私は面倒くさがりな性格を有します。二度手間は避けたい。ですから、訪問はこれでおしまいとさせていただく。この先、面会する機会にめぐまれるとすれば、考え付く限りでは、そうですね、あなたが世界を変える製品を世に送り出すアイディアの提出前後になるでしょうか。まあ、数年は先と見受けられる、当分会わないということですから、最後のお別れ、と言えなくもない」彼女は歩き出す、手すりに右手が沿う。「あなたは現在、休暇で飛行船を飛ばしたのちの所在が知れない企業の開発者、ここの本来の持ち主に住まいに帰還してしまえば……、ええ、当然あなたは居場所を追われる、浮かんだ想像が正しく、理解です。判断は警察の捜査に委ねられました。運は天にではなく、お上に祈ってくだい、上という共通性はギリギリ保ってるんですから」
コツコツ、階段を踏む足音、車のドアの開閉音、アイドリングからのエンジンの始動、ヘッドライトが右に流れる、走行音が遠ざかっていった。
くしゃみ。寒空、朝日、空がピンクに染まる。明日の心配は人生、研究に捧げて以来はじめてだ。今日を生き抜いた、それが明日を繋いできた。ギリギリまで挑む。今日のできる限りを取り組んだ。振り返り、手間を掛けた。効率性の重視も行ったか……。接触・会議も昔に比べると徐々に取り入れた。長く続けるためにその都度、取り組み方に工夫を加えた。一ヶ月、一週間の観測期間を設けた、開発・実験と同時に私の対応も試したのだ。一日はすぐに過ぎ去ってしまう。大まかに、区切らないと、時間を無駄に使ってしまうから、時にはベルをランダムに鳴らしたものだ。一時間で鳴るときもあれば、三時間以上ならないよう設定を施したが、それも慣れが生じて、結局はやめてしまった。