コンテナガレージ

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適応性6-2

「昨日、その路線を運転された方は、どちらに?」

 熊田の質問に橋田は手を挙げて席を立った。

 戻ってきた彼は手に端末を持っている。画面から顔を遠ざける、はにかむように目じりには皺がよる。しかし、画面と距離を試行錯誤の挙句、デスクの引き出しを開けて老眼鏡をかけた。

「休憩室にいるかな、ちょっと待って下さい」また橋田は部屋を出た。

 熊田はお茶を啜る、種田はまだお茶に手をつけない。彼女は熱さに弱い。

 殺されたと被害者を仮定してみる、正面から額を打ち抜かれたのなら、体は拘束されていたか、意識がなかっただろう。自分でというのは考えにくいが、可能性がないとは言い切れない。まだまだ始まったばかりの捜査、決め付けは有効な選択を逃す恐れがある。

 ドアが開き、人が現れる。男性を一人連れて、橋田が紹介する。「彼が、運転手の黒河です」

「どうも」年齢は三十代後半、年齢以上に落ち着いている、とうのが熊田の初対面の感想である。種田は挨拶しか口を開いてはいない。何かを考えている様子。

 端末に画像を呼び出し、熊田はビニールシートに包まった女性の死体を黒河という運転手に見せた。黒河はソファに腰を下しつつ、画面を注視。

 表情が徐々に険しさを増した。パーツが広がった顔で黒河は顔を上げる、端末の向きを変えてこちらに返した。

「着ているコート、それは見覚えがあります。ただ、はっきりいつもの乗客だと、訊かれるとどうでしょうか。確信を持っては言えません」恐縮または萎縮、黒河は頭を掻いて、デスクの端末を操作する橋田の動向を窺う。威厳のある上司なのだろう、熊田は質問を追加する。

「写真の人物が忘れ物をバスにおいていったそうですが」

「ああ、ええ、私は気づきませんでしたが、いつも乗るお客さんが降りる前に気づかれて」

「その人が忘れ物を渡すと言って持っていった」

「はい」首を伸ばす黒河はデスクの脇に立つ橋田を盗み見た。橋田に聞かれては困る内容らしい。小声で言う。「ご存知でしたか」

「ただの事実確認です。お気を悪くされたのでしたら、謝ります」