コンテナガレージ

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不躾だった私を、どうか許してくださいませ8-6

 二度、店主は頷いた。おぼろげな茫漠としたランチの様子は、彷徨から解き放たれたらしい。自らのことなのに、他人事ように考えられるのが僕の、一般的に言われるひらめきなのだ。主体はお客だ、僕ではないのだ、だから正当性は認められる。

「どうも、どうも」完璧にキャラクターが異なる。樽前は従業員分のコーヒーを入れた紙袋を顔の真横に引き上げる。差し入れ、と言いたいらしい。

「店はよろしいのですか?」僕は素直な感想を尋ねた。有無を言わさずに断る前に、紙袋を押し付けられ、受け取った店主。

「ええ、一度十分ほどで戻りますとは、ホワイトボードに書いておきました。トイレ休憩のときに使うんです」

 ランチに相応しい食材、店主は樽前をテーブル席に案内する傍ら、計算を走らせるよう考えを巡らせた。ただし、表情や態度には出さない。椅子を下ろした、樽前が自然にそれを手伝う。店主はテーブルにかかるシートを手早く丸める、紙袋は隣のテーブルに置いた。

「あのですね、移転のお話を少ししておきたいと思って」神妙に樽前は話し出した。店主は彼の隣に座る。「そのう、なんですか、二店舗を構えるということはですよ、僕の店は人を雇う状況だとも思うんです。それってどうなんでしょうか?」

「どう、とは?」

「自信がありません。店を開いて間もないですし、僕自身、その人生経験というか、人に指示を出すことがどうも苦手というか、言われて行動を起こすのは得意って言うほどでもありませんけど、まあ、基本的に受身の体質なので、抵抗なくできてしまえるんですね」

「だから?」僕は思うがままに声を発する。

「……」樽前は瞬き。目を丸くする、意外な問いかけだったらしい、見かけでどうやら僕を判断している、と知れた。彼は躊躇いのあとに、行き場のない唇に声を与えた。「人を使うって怖くなかったですか、現在はどうでしょうか、感覚は日常に溶け込んで麻痺をして、そのなんといいますか、蔑ろに扱ってしまわないか、そうやって想像してしまって……、ううんと、出店は大いに、楽しみです、願ってもない声がけだと思ってはいますが、どうにも踏ん切りがつかなくて……」